どこかでアナタを見ている人がいることも忘れないでくださいねって誰だよウチの看板娘ちげーぞ多分そこのタコだろそのV字ヘアー抜いてハゲちらかすぞオラ【6】
気絶から目を覚ました女は、最初、自分がどこにいるのか把握できなかった。
確か、侵入者が実験室で暴れて、建物が崩れて……と、順に思い出したところで、己の体が幸運にも瓦礫の隙間に倒れ込んだのだと知る。恐る恐る光の射す側へ這う。白衣の裾が多少絡まっていた程度で、四肢は無事に動かせるようであった。頭部を含む数カ所が鈍く痛むが、血が出ている気配もない。もう少しで脱出できるというところで、不意に腕を掴まれて引きずり出された。
「ご無事だったようですね、目黒博士」
その男に見覚えは無かったが、白い外套に帯刀をしている姿から、警察組織の人間だと知った。
「遅いじゃないの。曲者が侵入して、この有様よ。私の研究がどれだけ幕府に貢献しているのか知っているの? セキュリティは反応していた筈よ。こうなる前に、あの曲者共を取っ捕まえてくれるのが、アナタ達の仕事じゃないの。職務怠慢よ」
助かってホッとした反動もあって、目黒女史はヒステリックに叫び散らす。
「そうですね。いっそ、このまま事故でお亡くなりになって頂いていた方が、こっちともしても、色々と手間が省けて良かったのですが」
「なによ、どういう意味? 私の研究がどれだけ重要なものか、分かっての発言なの?」
「ええ、あなたの研究については、よく存じていますよ。万が一の事態に備えて、将軍や姫君の姿をした活人形(いきにんぎょう)を作る研究をしていたのでしょう? 先代、定々様のご意向で」
それはトップシークレットの筈だと、目黒女史は改めて長身の男の顔を見上げた。男は、オールバックの髪に痩けた頬をしている。その目は精気に乏しく、冷たく淀んでいた。
「どういうおつもりで研究していたのか、大凡の見当はついています。こちらとしては、このまま泳がせておくつもりだったのですが、こうなっては事態の隠蔽を図るしかないでしょうね。芙蓉プロジェクトに関わり、一時はそれを掌握しておきながら、機械人形のクーデターで亡くなったお父上の偉業をなんとか世に出したいという、凡人らしい素朴な夢は同情に値しますが、残念ながらアナタはスポンサー選びを間違えたようです。このまま影武者作りをいくら頑張っても、アナタは日陰者のままですよ」
「どうして、そこまで」
「すみません。エリートなものですから、簡単に調べがついてしまいました」
次の瞬間、目黒女史は男に喉元を掴まれた。驚いてとっさに振り払おうとしたが、どこかの経絡を押さえられているのか、手足が痺れてまったく動かない。
「豚は、もう少し肥らせてから調理するつもりなんです。ちょうどつい最近、城内警備の依頼も受けたところでしてね。こんなに早くボロを出されて、トカゲの尻尾切りで本体に逃げられてしまっては、元も子も無いんです。申し訳有りませんが、天下国家のために口を噤んでいてください、永遠に」
「し、喋らないわ、研究のことは、絶対に喋らないから。定々様のお名前も出さないから」
「そうはいっても、生きたまま連れ帰ったら、警察という立場上、事情聴取しなくちゃいけないんですよ。アナタに恨みはありませんので、化けるなら、定々様の枕元にでも出てくださいね。まぁ、私はエリートですから、幽霊なんて凡庸で非科学的な存在は信じていませんけど」
コキリ、と微かな音がして、目黒女史の身体がぐったりと力をなくした。
鼻孔からは血が一筋伝い流れているが、見開いた目は、まだ何が起こったのか理解していない様子だ。男はそのまま表情ひとつ変えずに、女の頭部を瓦礫に二度、三度叩き付ける。頭骨がスイカのように割れたところで床に放り捨て、トドメとばかりに頭部目がけて大きめの破片を投げ落とした。
「すみませんね。私の拳銃を使うと、話がややこしくなるんです。なにせエリートのアイテムも、それなりにエリートなものですから」
数歩後ずさって死体を確認し、己の仕事に満足がいったところで、男はおもむろに尻ポケットから携帯電話を取り出した。
「もしもし? ああ、さぶちゃんです。目黒女史と思われる遺体を発見しました。ええ、なにやらアヤシイ研究をしていて、それが爆発したんでしょう。崩落した建物の瓦礫に頭部を潰されていまして。え? この研究所の研究内容ですか? それもお調べした方がよろしいんですか? え、はぁ、私は何も存じません……かしこまりました。では、ここで捜査を終了いたします。報告書は……必要ありませんか? はい。では」
「おいおい、ウチは連れ込み宿でもなんでも屋でもねぇぞ。大体、同心なんか連れて来られちゃ、お尋ね者の身の俺が危ねぇじゃねぇか」
事情を聞かされた平賀源外は、迷惑そうに顔を歪めてみせた。それを間に受けた銀時が「それもそうだな。悪かった」とがっくり肩を落として踵を返すと、慌てたように「冗談だよ、冗談」と引き止める。
「だって、そういやバイクやテレビの修理費もツケたままだし、これ以上アンタの厄介になっても悪いしよ」
「そうは言ってもよ。オメェ、他に行くアテでもあるのか?」
「とりあえず……そうだな、イボ痔忍者が貸し長屋を持ってたから、空き部屋があったら貸して貰うわ」
「嬢ちゃんの顔色が悪いじゃねぇか。空き部屋なんぞに放り込んでたら、風邪引いてこじらせるぜ。あったかい飲み物でも出してやるよ。それに、たまを直せるのだって……江戸中探したって、この俺と、その目黒って女ぐれぇのもんだろうよ」
「いいのか? すまえねぇな、ジーサン。恩にきる」
気が抜けたのか、コンクリート打ちっぱなしの地べたにぺったりとうずくまる。腕の中の少女が「銀時様、大丈夫ですか?」と、銀時の額に伝う汗を手指で拭ってやった。
「ああ、もう大丈夫だ。おめぇも少し休め」
「私は平気です。私には、少しのガソリンと充電があれば」
「いやいやいや、それちげーから、それ、おめぇの身体での記憶じゃねぇから。おめぇは生身の人間なんだから、ガソリンなんか飲んだら死んじまうぞ。自分でも、生身の身体になったって言ってたろうが」
「私、そんなこと言いましたっけ?」
不思議そうに首を傾げている。いつもなら『すっとぼけんな、ボケ』と頭のひとつでも張り飛ばすところだが、疲労困憊でそんな元気も出なかった。代わりに、苦笑いを浮かべながら「ばーか」と囁き、その頭を撫でてやった。
「おい、なにイチャついてんだ。ほれ、茶だ」
源外に湯のみを差し出され、銀時はふと思い出したように懐から拳大の金属の塊を引っ張り出した。
「これ、たまの本体。濡らしたり壊したりするといけねぇし、長いこと電気を通さねぇと、中のデータにも影響が出るんだろ? 連れがドンガラも回収して来るから、それまで預かっておいてくれや」
「連れ?」
「ここの場所は教えてねぇから、大丈夫だ。俺もそこまで抜けてはねぇよ。たまの身体は、万事屋の方にでも届けてくれるんじゃねぇかな」
「ふん、だったら構わねぇが」
銀時の白い着物を着込み、帯の代わりに銀時のベルトを腰に締めている少女は、湯のみを受け取って、おっかなびっくりの様子で息をふうふうと吹きかけている。
「このようなものを飲んで、お腹の中が錆びませんか?」
「大丈夫だから、飲め。つーか、オマエは最初から、機械人形じゃなくて人間なんだから、余計な心配するな」
「人間の身体になれたということは、銀時様の赤さまが産めるということですか?」
「物理的ってーか、生理学的には……って、無理無理! そういう問題じゃないから。オマエとはそういう仲じゃないから、そんなことしたら、アンタのアニキのハードボイルドに殺されっから、俺!」
「そういう仲って、何ですか? 銀時様は、私の……」
「いやいやいやいや、だからその、オマエはたまじゃなくて、ハジっていうの。別人なの、早いとこ思い出してくれよ、頼むよ、マジなとこ」
「銀時様は、私のことがお嫌いになったのですか?」
「だから、そうじゃなくて」
本当に、芙蓉が生身の人間になったのだったら、どんなに良かったろう。
もしかしたら、銀時が過去にハジという人物に会ったことがなく、氏素性も知らない相手であったならば、彼女の過去に目をつむり、姿形は違えども芙蓉本人……少なくとも『新しい芙蓉』として、受け入れてしまっていたかもしれない。
だが、ハジはハジだ。ちょっと偏屈なハードボイルド気取りのくせにMプレイの好きなバカ上司を支えている、女だてらに有能な岡っ引きだ。左の頬にある傷は、昔、盗賊稼業をしていた頃につけたのだろうか。その頬の傷にそっと触れてやると、猫が懐くように銀時の掌に顔を擦り寄せながら「そうじゃなくて? お嫌いになった訳じゃないんですね?」と、目を細めた。
「ああ、嫌いじゃねぇよ。だから、俺の言う通りに、ガソリンじゃなくその茶ァ飲んどけ」
「はい」
いかにも嬉しそうにハジが茶を啜っているのを眺めながら、先が思いやられると銀時が肩をすくめていると『銀時様?』と、聞き慣れた声が耳に飛び込んで来た。
「えっ、ぃいえあぇくぁwせdrftgyたまlp!?」
慌てて振り向くと、そこにはブラウン管テレビモニターが転がっていた。源外が、その砂嵐のモニターを軽くパシパシ叩きながら「種子のデータが放電しちゃ困るだろうから、充電がてらコレに突っ込んでおいたんだが……要らん世話だったかな?」と、しれっと尋ねる。
「要らなくはねぇけど」
芙蓉本人のデータが無事なのを確認できたことは喜ばしいが、せめてハジとこんな押し問答をしてるときは避けてくれても良かったろうにと、恨み言のひとつも言いたくなる。
砂嵐は徐々に薄れ、画面には芙蓉の端正な顔が映った。
「銀時様、そのお方は?」
ほれ来た、と銀時は頭を抱えたくなった。
心が揺れてしまったのは、芙蓉への想い故であるつもりだから、決して浮気ではない……と主張したいところだが、これだけ身体を密着させている姿を見せておいて、その理屈は通じないだろう。
「コイツは今、洗脳されて混乱してるんだ。大目に見てやってくれよ」
「そのようですね。その方の脳波を解析しました。洗脳プログラムを消去できると思います」
「マジで?」
そういえば芙蓉は以前源外の魔改造によって、銀時のコピープラモデルである金時の洗脳を解いたり、逆に金時を洗脳して幻覚を見せたりしていたっけ。
「どうやら私自身のプログラムの複写のようですね。おかげで解析が容易でした。そのお方本人の意識との切り分けも、問題なくできると思います。逆に言うと、私以外のプログラムでは、元の意識と洗脳との分離は難しかったかもしれません」
「そ、そうか。じゃあ、頼むわ」
ハジを芙蓉のモニターに押しやろうとしたが、どうやら怖じ気づいている様子なので、ハジを抱きかかえたまま、一緒に近づいてやった。あぐらをかいた膝に座らせた状態で「いい子だから、じっとしてろよ」と言い聞かせ、モニターから伸びたケーブルを源外から受け取る。
「そのままでも脳に干渉できるらしいが、線を繋いだ方が確実なんだと。この絆創膏で、その線の先を額やコメカミに貼り付けてやれ」
「お、おう」
ハジはそのモニターやケーブルを嫌がるそぶりを見せていたが、銀時の手で貼付けられた絆創膏を剥がすのは、辛うじて耐えていた様子であった。
「銀時様、怖い」
「わーった、わーった。手ぇ握っててやっから」
モニターの中の芙蓉の顔が強ばったような気がして、銀時はモニターから目を逸らした。源外のジジィがニヤニヤ笑って面白がっている様子なのが鬱陶しい。きゅぅと絡められた指に力がこもった次の瞬間、ビクンと少女の身体が爆ぜた。
「ちょっ……おい、たま、何しやがった」
「だから、洗脳を解いているんです。かなり深層意識まで介入しているようですので、多少の拒絶反応が出ているようですが」
銀時がハジを心配しているのが面白くないのか、モニターの中の芙蓉は拗ねたように頬を膨らませていた。ハジの身体がびくびくと痙攣し、やがてくったりと力を失う。
「お、おい、大丈夫か? しっかりしろ」
ずり落ちそうになるのを抱きとめながら、頬をひたひたと軽く叩く。
「あれ? 万事屋の旦那? あちきは一体……これは、旦那の服?」
「良かった、元に戻ったんだな」
銀時はホッとして脱力しかけたが、ハジは己が男の腕の中にすっぽり収められているのに気付くと、何を思ったか頬を赤らめ、銀時の顔に渾身の平手打ちをブチかました。
「旦那なんて、まだマシですよ。平手だなんて、そんなんカワイイもんじゃないですか。俺なんて、俺なんて……俺、もうお婿に行けない」
一体何をされたものやら、ずぶ濡れの芙蓉のボディを担ぎながら万事屋を訪れた山崎はべそをかき通しで、それ以上詳しい話は聞くに聞けなかった。
「こんだけ内部まで濡れたら、修理に手間をかけさせちまうだろうなぁ」
「仕方ないでしょう、男山崎の一大事だったんです。緊急避難ってヤツですよ」
いずれにせよ、芙蓉本人の意識を収納した中枢管は銀時が持ち出して、源外に預けているのだから、山崎がボディを多少壊したところで問題は無い。
「ともあれ、手間かけさせたな。きちんと直したら、お礼も兼ねて一度ぐれぇデートに行くように伝えてやらぁ」
「そんな哀れみをかけられても、余計に情けない気持ちになるんですけど。それに旦那、この身体に入っているのがたまさんじゃないって分かっていて、俺に連れ出せって言ったんでしょう。俺は見抜けなかったのに、旦那にゃ一瞬見ただけで分かったんだ」
「あー…その、たまとは色々、その、付き合い長いからな」
いくら『芙蓉』の姿をしてもその中身を見抜くことはできるという自負はあるし、その逆に彼女がどんな姿になっても大丈夫という自信がある。だからこそ、ハジに芙蓉の意識が埋め込まれた姿には動揺してしまったのであるが。
あえて、それは口に出さなかったが、山崎にはなんとなく伝わってしまったらしい。
「そうでしょうとも、そうでしょうとも。どうせ俺は、旦那にゃかなわねぇよ」
しょぼくれている姿が哀れだとは思うが、銀時はその傷心を慰めてやれる立場でもないし、ましてや『譲ってやる』ということも出来ない。
銀時は山崎の傷心に気付かない野暮天を装ってで頭を掻きながら「そーいや、ハジがさ。正気に戻ってから、捜査に協力してくれた礼にって、菓子折り持ってきたんだよな」と言いながら、菓子鉢を山崎に差し出した。
「ハジ? ああ、岡っ引きの娘」
「そそそ。研究所はブッ壊れちまってて、黒幕の女博士は事故死してたらしいんだがさ。誘拐されてた子供は無事に救助されたんだとさ。その子供らも洗脳されてて、元の名前だのなんだの思い出すのに苦労したらしいけど。それがあの娘の手柄になって、アイツのアニキも首が繋がったんだとさ……ああ、この菓子、甘すぎる? 新八に茶ぐれぇいれさせるわ」
畳み掛けるようにそこまで語ると、さらに気まずい空気を吹き飛ばすように「おーい、ぱっつぁん、茶ァ」と、部屋の奥に向かって大声をあげた。
(了)
【後書き】書きかけで長らくほったらかしていたネタを仕上げました。山崎お見合い編と傾城編のあたりの設定なんで……アニメで傾城編をやる前にはなんとか、と思っていたので間に合って良かったです。クリスマスに仕上げようと頑張った割に、ちっともクリスマスと関係ないのはご愛嬌。
なお『迦楼羅族』は当サイトオリジナルの天人です。原作には存在しません。ご了承ください。 |