なつまつり
「今年の祭りは、ターミナル前の広場でも屋台を出すんだとよ。で、天人の偉いさんが観光に来るだろうから、攘夷志士の連中に狙われたら面倒だってんで、俺らに警備しろとさ」
ずかずかと乱暴な足音を立てて監察方の詰め所に押しかけた土方は、いかにも面倒くさそうな口調でそうボヤくと、抱えていた封筒を放り出した。ただでさえ鬼上司で通っている彼だが、監察方は直属の部下ということで遠慮がなくなるせいか、輪をかけて横暴になるようだ。
古株の吉村なんぞはそんな土方の癇癪には慣れっこで、むしろ「またか」と言わんがばかりにニヤニヤしていたが、篠原は「そう仰られましても。以前にも、将軍が叡覧なさってる舞台で、平賀源外が乱心したことがありましたからね」と、静かな口調でなだめながら、散らばった書類を拾い集めてやった。机の上でトントンと端を揃え「はい、どうぞ」と差し出す。
んなもんいらねぇよ、と邪険に払おうとした土方であったが、振り向いて篠原の真っ黒い目と視線が合うと、気が変わった。書類ごと篠原の手を掴み「警備の下見に行く。おまえ付き合え」と頭ごなしに命じた。
「え、僕は……」
伊藤先生とお約束が、と抵抗しかけたが、その名前を出せば余計に意地になることを思い出し、篠原は涙目で頷くしかなかった。
引きずるように篠原が拉致されるのと入れ替わるように、山崎が市中見回りから戻ってきた。どこの駄菓子屋で買い込んだのか『んまい棒』を両手いっぱいに抱えている。
「誰だよ『んまい棒』に明太マヨ味があるなんて、ウソついたヤツ。エビマヨ味はあったけど、明太味はマヨ関係ないじゃないか。副長、エビマヨ味で許してくれるかなぁ?」
騒々しく一気にそう吐き出すと、机の上にどさりと菓子を下ろし、周囲を見回す。
「副長は、まだ江戸城?」
「いや、一旦帰ってきて、すぐに篠原連れて出ていった」
「なんで篠原!」
なんでっていうか……と、説明しかけた同僚を片手で制し「好みなんだろ」と、シレッと言い放ったのは吉村だ。
「こっ、こっ、こっ……こっ……こっ!」
「こけっこー」
「♪わったっしはミネソタの卵売りぃ……って、誰がミネソタの卵売りだよ! 誰が暁テル子だよ」
「誰が、ってこっちが聞きたいよ。おまえが自分で歌ったんじゃねーか」
「おまえがこけっこーなんて言うから、つい乗ってしまったんだろーが! こけっこーじゃなくて、好みだよ、好み! なんだよ、好みって!」
「好みっていえば、ほれほれ、小麦粉とキャベツと卵を、だな」
「そうそう、鉄板で焼いてソースとマヨネーズをたっぷり……って、だからちげーよ!」
山崎がヒステリーを起こして机を両手でバンバン叩くと、その勢いで『んまい棒』が飛び散った。
「そりゃあ、なぁ。篠原はどこぞのバカ犬と違って、もの静かでギャーギャーうるさくないし、そこそこ賢いみたいだし、ミントンして仕事サボったりもしないし、目も垂れてないし」
「なんの当て付けだ。まるで、俺が副長に嫌われてるみてーじゃねーか!」
「好かれてるとでも?」
真顔で正面きって尋ねられて、さすがの山崎もぐっと詰まった。
副長に喜んでもらいたい一心で、仕事の合間を縫って足を棒にしながら『んまい棒』の明太マヨ味を探し回ったりして、俺はこんなに尽くしてんのに、好かれてないのかなぁ。俺はいっつもバカバカ言われてんのに、篠原は要領がいいのか、そんなふうに叱られてる姿は見たことない。でもさ、もの静かなんて言うけど、あいつ性格陰気なだけだからね、裏がありまくりだからね。あいつなんか副長のことなんとも思ってないのに、上っ面だけ取り繕ってて、副長、その演技にダマされてるだけなんだから。確かに、元は伊東派だったのをわざわざ引き抜いてまでして監察方にさせたぐらいなんだから、ある程度は副長のお気に入りなのは事実なんだろうけど、でも俺だって、明太マヨは無かったけど、エビマヨ味は買ってきたんだよ? なのに俺おいてけぼりで、篠原連れてどっか行っただなんて、ひでーよ。あんまりだよ。
ガックリと肩を落とし、部屋の隅で膝を抱えて拗ねてしまった山崎を尻目に、吉村ら同僚はのんきに「コレ、食っていいの? もらうぜ」などと言いながら『んまい棒』を貪り始めた。
残り数本、という頃になって「篠原君はこっちかね?」と言いながら、参謀職の伊東鴨太郎が監察方の詰め所に顔を出した。本来なら副長土方のテリトリーに足を運ぶことはないのだが、どこにも篠原がいないので、仕方なくここまで探しに来たのだろう。
篠原なら副長と一緒に……と言いかけたが、副長と参謀は不倶戴天の敵。そんなことを言えば、事態がこじれることは必定だ。吉村がとっさに『んまい棒』を一本差し出し「参謀もいかがですか?」と勧めた。
「なんだね、これは」
「『んまい棒』ご存知ないですか? 見たまんまの駄菓子ですけど」
「いや、駄菓子なのは知ってる。君ら副長助勤は、いつも職場でこんなものを広げているのかね」
元々伊東は冗談があまり通じない性格の上に、篠原が見当たらないことがそんなにもカンに障るのか、明後日の方面にとばっちりが来た。
「いつもじゃなくて、たまたま、なんですけどね。駄菓子もたまに食べると結構、美味しいですよ。袋、開けて差し上げましょうか?」
とかなんとか、適当にゴマ化そうとしたところで「おっ、俺もくれ。それ、カッコいい開け方があるんだろ?」と、局長の近藤が割り込んできた。
「カッコいい開け方?」
「伊東先生、ご存知ないですか? こう、『んまい棒』を縦に腿に当てて、パーンって袋の先から中身を出すんですがね」
「い、いや、知っていたさ。当然知っていたとも」
「そうでしょうねぇ。伊東先生ともなれば、ご存知ないことなんてありませんよね。俺ァお妙さんにカッコいいとこ見せたくて練習してみたんだが、トシみたくうまくできませんでね」
「何、土方君はうまくできると言うのかね」
微妙にライバル心をくすぐられた伊東は『んまい棒』を手に取った。だが、そこで軽率に「カッコいい開け方」に挑戦して失敗しては、プライドに関わる……と、悶々としていると、近藤は普通に手で開けた『んまい棒』を頬張りながら「そうだ、伊東先生、お祭り行きませんか、お祭り。ターミナル前の広場の夜店を警備する予定なんですがね。昼間の見回りは同心の連中に任せてるんでね、下見を兼ねてどうですか」と誘った。人見知りしがちな伊東だが、近藤のあけすけな好意は苦手なのか、どうにも断れないらしく「下見ね、まあ、業務の一貫としてなら」などと言い訳がましく呟きがら頷いた。
「篠原君を見かけたら、僕はターミナル前の広場に居ると知らせてくれたまえ」
結局、膝割りを試すでもなく、食べもしなかった『んまい棒』を机の上にポイと放り捨て、伊東が近藤と一緒に出ていく。
「吉村さん、どうしましょうね。向こうで副長と参謀が鉢合わせしたら、絶対揉めますよ」
知るか、そこまで面倒みきれるか……と吉村が答える前に、山崎がガバッと顔を上げて「ターミナル前の広場?」と喚いた。
「あー…」
厄介になりそうだから黙ってたのに、という言葉が続くのも待たず、山崎は詰所を飛び出した。
広場の屋台は夜がメインということであったが、既にかなり賑わっていた。この中から人探しをするのはかなり骨が折れそうだ。どうしたものかな、と山崎が悩んでいると「いっそ、全員なぎ払ってしまえばいいんでさぁ」という声がかぶさってきた。
「いや、さすがにそれはダメっしょ。それはテロ行為っしょ」
「ダメなんかじゃありやせんや。近藤さんが構ってくれないのが全部悪いんですぜイ」
振り向けば、沖田が真顔でバズーカを構えていた。
「ちょ、ダメダメダメ、さすがにダメぇ!」
「ついでにあのデコ助野郎も片付けたら、近藤さんが俺を構ってくれまさぁ」
「いや、あのデコを片付けたら、余った篠原が副長とくっついちゃうかも知れないじゃん、ダメ絶対」
「分かりやした。デコ助野郎だけじゃなく、土方さんも殺りやす」
「なんでそっち! 逆、逆! アンタは副長嫌いかもしれないけど、俺は副長居なくなったら困るから。あんなド鬼畜外道の味覚障害野郎でも、一生ついてくと決めた上司だから」
「んだよ、ぐちゃぐちゃと。やっぱ面倒くさいから、一斉射撃で。なぁに、近藤さんはゴリラだから、これぐれぇじゃ屁でもありやせん」
バズーカを担ぎ直し、トリガーに指を乗せ……ようとした瞬間に、パン、という乾いた破裂音が聞こえた。一瞬、バズーカが暴発したかと慌てるほどのタイミングだ。だが、安全装置はかかったままだ。沖田と山崎は顔を見合わせた。
話は若干、遡る。
「あれ、今日はジミー君と一緒じゃなかったんだ?」
不意に声をかけられて、土方は目を吊り上げた。
振り向けば、腐れ縁の万事屋・坂田銀時がサングラスに祭りの法被姿でヒラヒラと手を振っていた。
「んだよ、てめぇ、万事屋は廃業したのか」
「まさか。長谷川さんの店の手伝いだよ。今、トイレ行ってるっていうから。どう、オーグシ君。卵せんべい買ってかない? マヨたっぷりサービスするよ」
誰がオーグシ君だ、その呼び名ヤメレ……と言おうとしたところで、土方の視線が銀時の背後にいたほっそりとした少女に吸い付いた。甲斐甲斐しく材料をボウルでこねている横顔は、どこかで見たような気がする。
「万事屋、その女……」
「あ、コイツ? ああ、その、コイツはうちのババァの店の従業員だよ。ガキ共と違って気が利くから、手伝ってもらってるだけで、その、別に何かアヤシイ関係とかじゃなくて」
銀時も何かに気付いたのか、やたら慌てながらサングラスを外すと、なぜか少女の鼻に乗せた。少女はそれを嫌がるでもなく、おとなしくサングラスを装着されるがままになっている。
「いや、オマエが女にモテないのは分かってる。そうじゃなくて、その女のツラ、どっかで見た記憶があるんだが。ちょっとよく見せてくれねぇか?」
「なに、オーグシ君、その原始的なナンパの仕方。ヤダきもーい、江戸っ娘はそーいうのには引っかからないんだぞ、ハゲ。死ねば?」
「俺はハゲてねぇ!」
「そんだけペッタペタにセットしてたら、どうせすぐハゲるよ。額のサイド広がってねぇ?」
「てめぇがハゲてみるか、コラ」
「アレ、オーグシ君。銀さん相手にやろうっての? これでも用心棒兼業だよ?」
ヘラヘラと笑いながら、販売台に立てかけていた木刀を握って、ふらりと立ち上がる。
そこに貧相な中年男が駆け戻って来て「ちょ、ヤメテ、ヤメテよ銀さん! 騒ぎは起こさないで! せっかく貰った仕事なんだら、穏便にやりたいんだから!」と喚いた。
その声でハッと我に返った土方は、先ほどの少女が姿を隠してしまっていることに気付いた。万事屋め、女を庇って逃がしやがったな。まんまと一杯食わされた……と思うが、後の祭りだ。
「あの女、おまえは見覚えあったか?」
「いえ、僕は」
「……そうか」
なにかの犯罪に関係していたような気がするんだが。もしあの顔を古い事件の手配書で見たというのなら、伊東と一緒に入隊してきた新参の篠原の記憶に残っていない可能性もあるが、それ以上は追究しようもない。
「万事屋、今度たっぷり絞ってやるからな。覚悟しとけよ」
捨て台詞を吐いて、屋台を離れる。
「でも、美味しそうな匂いでしたね。どこかの店で、何か食べましょうか」
明らかに殺気を振りまいている土方をあやすように、篠原がそう囁く。
「お、おう」
「お腹がすくと、人間カリカリするんですよ。お仕事の下見もいいけど、マヨネーズたっぷりのお好み焼きの店でも探しましょう」
こういう時にうまくなだめすかす術に長けているのは、土方に負けず劣らず神経質な伊東の相手をすることに慣れているからだろう。むしろ、マヨネーズという分かりやすい餌がある分、伊東よりも単純かもしれない。
マヨネーズに釣られたのか、それとも先ほどの一触即発の空気が肩すかしされて気が抜けたのか、妙にぼんやりとしている土方を促して、篠原が歩き始める。
「ほら、あの店なんてどうです? たこ焼きのマヨネーズかけ放題ですよ」
だが、すぐには返事はなく、数拍遅れて「あ、おう」という呟きが漏れただけだ。
「まだ、先ほどの女性のこと、考えてるんですか?」
「横顔だからなぁ。正面からツラ見ていればなぁ。それもグラサンで隠しやがって。絶対、なんかあるぞ、あのアマ」
ぶつぶつ言いながら、己の内ポケットの辺りを軽く叩いて探る。
何をしているんだろうか、何のおまじないだろうと篠原が不審に思っていると「ザキ、煙草」と土方が言い放った。
「え? ザキ?」
「煙草だよ、煙草」
そう繰り返して、土方も己の間違いに気付いたのか、表情が固まった。
次の瞬間、篠原の平手打ちが土方の頬に炸裂したのであった。
土方が、腫れ上がった頬を押さえながら、篠原が駆け去った方向を呆然と眺めて立ち尽くしていると「紙おしぼりしかありませんけど」と、背後から声をかけられた。
「紙おしぼり?」
「顔。冷やした方がいいですよ」
振り向けば、山崎が立っていた。
「なんで、てめぇがそこに居るんだよ」
不機嫌そうにそう言いながらも、紙おしぼりを受け取り、思い出したように「煙草」と手を差し出す。
「はいはい」
すっと紙煙草の箱が取り出され、ついでにライターまでついてくる。
「ね? やっぱり、俺じゃなきゃダメでしょ」
「何をほざいてやがんだ、ボケ」
「沖田さんは、近藤さん探してるはずですよ。篠原が、余ったデコ引き取るだろうし」
「なんのハナシだ?」
土方は急変した事態を飲み込めずにキョトンとしていたが、山崎はなにやら独り合点している。
「一服して落ち着いたら、もうちょっとだけお祭り見て……そんで屯所に戻りましょ? 警備の手配とかあるでしょ。それに『んまい棒』のエビマヨ味いっぱい買ってきたし」
「エビマヨ? 明太マヨじゃねぇのかよ」
「でも、美味しかったですよ」
そう言いながら、山崎は上機嫌で土方の隣に陣取った。
屯所に戻ったらせっかくの『んまい棒』が食べ尽くされていて、山崎が再びヒステリーを起こすのは、それから数刻後の話。
(了)
【後書き】某SNSのお友達へのお礼として「土方と山崎で夏祭りとか…(//△//)」というリクエストを受けて書いたもの。イチャコラ成分が足りなくてサーセン……でも「この後で、ふたり、お祭りに行ったんですよね?」と妄想を膨らませて楽しんでくださったようなので、満足満足。
SNSの方に載せたきり、サイト収録するの忘れてました。タイトルも仮題のまま……いいよね、別に。
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