ゴスロリってゴシック&ロリータの略ってことはホントはゴスロリじゃなくてゴシロリじゃね?むしろすっごいロリの意味ってことでよくね?【下】
少女がもう閉店だと言っていたこともあり、店内には他に誰もいないように見えていたのだが、背中合わせの位置のボックス席にもうひとり、男が座っていた。薄汚れたフードを頭から被っており、廃刀令の御時世だというのに大刀を抱えているところから察するに、客というよりも用心棒なのだろうか、と山崎は思った。
こっちは小太刀の一本も帯びていない丸腰だ、何かあったらヤバイかもしれない……と、篠原も同じことを考えているのか、自然と視線が合った。
「またそんな酔狂を」
中年男はそう言って取り合わなかったが、用心棒ふうの男は「そんだけ働きたがってるんだ。体験入店ぐらいさせてやれよ。とりあえず酌でもしてもらおうか」と、空のグラスを掲げてみせた。
「あ、じゃあ、俺が」
「いえ、僕が行きます」
何が何でも、この店に雇ってもらわなければいけないという使命感から、ふたり争うように立ち上がった。
「お酒なんて置いてませんよ。ウチは美を提供する健全な喫茶店なんです。アナタは水でも飲んでいてください」
「んだよ、シケてんな」
「こ、紅茶でしたら、美味しくいれられますっ!」
篠原が片手を挙げた。良い家柄の出で、それなりに舌が肥えている伊東を満足させるお茶をいれるためには、どれだけ涙ぐましい努力が必要だったか。
だが、山崎も対抗意識を燃やして「あ、アタシはコーヒーでしたら自信がありますっ! その、特製マヨネーズ入りなんか、もう絶品ですよ、よそでは飲めないですよっ!」と挙手した。
「マヨネーズ入りなんて、そんな薄気味悪いもの飲めるかよ」
「そっちだって、セレブぶって合成香料入りの無難なブランドもんを有り難がってるだけだろ」
「芋侍の貧乏舌に言われたくないね」
「ウチが芋侍なら、お宅の大将は納豆侍かよ」
カッとして罵り合いになり、ふと我に返ると、用心棒ふうの男がニヤニヤしながらふたりを眺めていた。正体がバレたのではないかと、滝のように冷や汗が流れ落ちる。
「あ、あの、お紅茶とコーヒー……どっちにされます?」
「じゃ、紅茶でも貰っておくか」
篠原は内心ガッツポーズを取り、山崎は(任務失敗か、また副長にボコられる)と肩を落とす。そのしょげかたがあまりに露骨で哀れみを誘ったのか、中年男に「その、アレです。こういうお店に入り込みたいのなら、オカマランドだかなんだかいう西郷殿のお店がありますよ。あすこなら、アナタみたいな容姿でも採用してもらえるでしょう」などと慰められてしまった。
「はぁ、その、ありがとうございました」
ペコリと一礼して、とぼとぼと帰途につく。
土方への言い訳を考えるために、一連の会話を思い返しながら歩いていた山崎だが、陸蒸気のホームまで辿り着いた頃に「西郷殿?」と引っかかった。オカマランドとかいうのは知らないが『かまっ娘倶楽部』の西郷特盛だったら聞いたことがある。かぶき町四天王で、元攘夷志士。今でも攘夷志士に関係があるとか、なんとか……って、その店なら採用されるってことは、男だってバレてたってこと? そう思えば『入り込みたいのなら』という言葉遣いもおかしい。潜入目的だということを察しているといわんばかりじゃないか。そして、潜入目的だと知ってて、あえて西郷の店の名を出したということは。
そこに、陸蒸気がするするとホームに滑り込んで来た。
「やべっ、篠原……っ!」
正体がバレてる状態で、同僚を敵地に置き去りにしてしまったことになる。
伊東派でイケ好かないヤツだが、一応は監察方の仲間だ。今回、どういうつもりで同じ店に面接に来たのかは知らないが、例え勝手な行動をしていたとしても、見捨てる訳にはいくまい。慌てて引き返そうとしたところで、陸蒸気に乗る周囲の乗客に押され、車両の中に押し込まれた。
「ちょっとすみません、通してください、俺、忘れ物がっ!」
喚きながら人の流れに逆らおうとしたが、フリルだらけのドレスが邪魔でうまく動けない。縦ロールのカツラがずり落ちそうになりながらも必死で手を伸ばしたが、無情にも目の前で扉が閉められた。
紅茶を入れるために篠原が厨房に向かったのを確認してから、中年男が「どうするんですか、アレ。始末されるんですか?」と、用心棒ふうの男を罵った。
「どうするもなにも、紅茶いれてもらってるだけだろ」
用心棒ふうの男はけろりとそう言いながら懐から煙管を取り出すと、その雁首に灰皿を引っ掛けて引き寄せる。
「なにをのんきなことおっしゃってるんですか。こないだもウェイトレスの女の子から何か聞き出そうとしていたのが居たらしいですし、こっちも用心はしていたんですがね」
「だったら辞めりゃいいだろ」
「そうはおっしゃっても、ですね。テロ活動だって何かとオカネがかかるんですよ。ただでさえ大所帯のうえに、あれだけの資金を注ぎ込んだ紅桜計画がオジャンにされて、ウチは火の車なんです。こういう合法のシノギで細々とでも稼がないと、ぶっちゃけ食費にだって困るんです。万斎殿だって、そろそろ寺門に続く新人を売り出して、ガンガン稼いでくれないと」
「そんなこと言って、見た目がいい娘は自分で確保して、拙者にまわしてくるのは、あーいう化け物ばかりでござろうが」
「多少不細工でも、集めてユニットにしたら売りやすいと仰ってたじゃないですか」
「多少じゃなかろう、限度がござる」
中年男と黒眼鏡が罵り合っているのを眺めながら、用心棒ふうの男は紫煙を長々と吐き出す。
「なんだ、カネが要るのか」
「要りますよ、今更なにおっしゃってるんですか」
「俺ァ、てっきり、小娘集めて、眺めて楽しんでるのかと思ってたぜ」
「まるで、人をロリコンみたいに。私はロリコンじゃありませんよ、フェミニストです」
「カネが欲しいんだったら、いい小遣い稼ぎがあるぜ。ちょいと暴れて、囮になるだけでいいんだとよ。俺らだけじゃちょいと駒が足りてねぇから、もう一枚ぐれぇ役者が欲しいところだが……あのオカマ伝手になんとかなりそうだ」
なんですか、それは……と中年男が尋ねようとしたところに、篠原が銀の盆にティーカップとティーポトを乗せて戻って来た。しずしずと歩み寄ると、テーブルにティーカップを載せる。多少緊張しているのか、カップがカチャカチャと鳴った。フレーバーの香りがふわりと甘く漂う。だが、用心棒ふうの男は紅茶を一口啜ると「やっぱ俺ァ、酒の方がいいな」と呟いた。
「あの、お口に合いませんでした? すみません。お煙草を吸うのでしたら、アールグレイの方がよろしかったですかね? いれ直しましょうか?」
「いや、その必要はねぇ」
「はぁ。やっぱり不採用ですか」
篠原が、ソファに腰を下ろしてしょんぼり肩をすくめた。
その様子を眺めてしばらく考え込んでいた用心棒の男が、ふと思いついたようにテーブルの上の紙ナプキンを取り上げると、そこになにか数字をいくつか書き込んだ。
「気が向いたら、かけてきな」
次の駅で下りて反対方向に向かう電車は、四半刻(約三十分)待ちであった。
待ちきれずに駕篭(タクシー)を拾おうと、山崎が乗り場に向かったところで「ちょっといいかな、気持ち悪い女装の不審な男がいるって、通報があったんだけど」と、腕を掴まれた。
「いや、俺、急いでるんで」
強引に振り払おうとして、その相手が監察方の尾形だと気付いた。
「あ、オマエか。放せよ。それどころじゃねぇんだって」
「なんだ貴様、警察にその態度」
「だからっ、ちげーって! 先輩の顔が分からないのかよ、俺だよ、俺!」
「俺? 誰だ一体。ちょっと、屯所まで来てもらおうか」
「バカ、ホントまじ急いでるんだって、緊急なんだって! こうしてる間にもアイツ、ヤバいことになっちゃってるかもしれないだろーがっ!」
「ハイハイ、戯言は屯所でゆっくり聞いてあげますから」
力づくで逃げようにも、ハイヒールでは踏ん張りがきかない。ずるずると引きずられて、パトカーの後部座席に押し込まれてしまった。
それにしても、変装が得意だというのも時として不便なものだ。屯所の取調室で、バケツの水を頭から浴びせられて化粧が完全に禿げるまで、山崎の『潔白』は証明されなかったのだ。山崎の訴えを聞いて、すわ一大事と隊士らが慌ててパトカーで喫茶紅桜に押し寄せた頃には、店はとっくにもぬけの殻になっていた。
着替える場所がなかったので、篠原も女装のままの帰還であった。
駕篭から下りて精算を済ませると、屯所には人の気配がほとんど無かった。何か、緊急出動するような事件があったのだろうかと首をかしげながら、参謀室に向かう。何か書き物をしているらしい伊東の後ろに膝をつくと、驚かさぬように小声で「ただいま戻りました」と小声で告げて、三つ指をついた。
「ああ、おかえ……」
り、と続かなかったのは、振り向いて篠原の姿を目にしたからだろう。いつもは澄まし顔の伊東が、ぽかんと口を開けている。握っている筆の先から、ぽたりと墨汁が落ちた。
「どうされました?」
「いや、その。見繕ったところまでは見ていたが、実際に着ている姿は見ていなかったものでね、その」
「似合いませんか?」
篠原が小首を傾げると、伊東はしばらく「あー」だの「うー」だの唸っていたが、やがて「悪くは、ないんじゃないか?」と言葉を選ぶようにして吐き出した。
「悪く、ないですか? でも、面接落ちてしまいました」
「なんだと?」
「確かに店長と思しき男はロリコンっぽかったのですが、実際に接触した女性従業員は一応、未成年ではないという話でしたし、そういうサービスをしているのかどうかも聞くことはできなくて……その、申し訳ありません」
今回ばかりは、本当に落胆されても仕方ない。
あの店は未成年を働かせているうえに、売春の斡旋をしてるという噂もあったのだという。そういうタイプの犯罪はマスコミ受けもいいから、実績のアピールにはもってこいだと、伊東先生も期待していたというのに。
「他には、何か無かったか?」
「いえ、閉店間際ということで客もほとんど居ませんでしたし……ちょっと体験入店ということで、お茶ぐらいはいれましたが……ああ、そうだ」
思い出して、ポケットに突っ込んでいた紙ナプキンを取り出す。
「それは、なんだね?」
「お茶をだしたお客さんが、気が向いたらかけてこい、と。その、片目で小柄な方でした」
「名は?」
「いえ、お伺いしていませんが」
「そうかね……そういえば、その店に攘夷志士が出入りしているという噂もあったな」
伊東はぼそりと呟き、その紙ナプキンを受け取った。
桁数からいって、電話番号とは思われない。無線の周波数だろうか? 地図上の座標? あるいは何らかの暗号か……片目のって、まさか? そんな大物がいたというのか?
しばらく伊東が考え込んでいると、篠原がおずおずと「あの、着替えて来てよろしいでしょうか?」と尋ねた。
「えっ?」
「いえ、その。ドレスって重ね着みたいで結構、暑いですし、それに先生にとっても、こんな格好、お見苦しいでしょうし」
「あー……」
伊東はしばらく口ごもっていたが、やがて視線をそらしながら「暑ければ、その、空調を入れてやろう。せっかく仕立てたんだし、もう少し着ていたまえ」と、言いにくそうに呟いた。
それから数カ月後。篠原は、伊東と懇意になったというある攘夷志士の大物とやらの顔を見て、唖然とした。相手も、篠原に気付いたらしく「久しぶりだな。今日はその、なんとかグレイだかいう茶でもいれてもらおうか」と、ククッと喉を鳴らして笑った。
了
【後書き】コスプレカラオケで無理矢理篠原コスをさせた子に、ついでにゴスロリドレスを着せたもので「篠原がゴスロリ着たら可愛いだろうなぁ」と妄想……を、長らくしていたのですが、なかなか仕上がりませんでした。なんとか完成? とりあえずキリのいいところまでこぎ着けたから、まぁ、いいやと。
どうでもいいが、ウチの高杉はやたら面倒見がいいな。 |