白雲に羽うち交はし飛ぶ物怪の/下
留守番を二番隊隊長の永倉新七に頼み、土方は渡されたメモを片手に屯所を飛び出した。
こんな用事で知り合いが少なくないかぶき町に向かうのは不本意だが、店の性質が性質だけに仕方ない。せめて私服に着替えてくれば良かったと思っても、後の祭りだ。
「あーれー? おーぐしくーん、なんでこんなとこにーぃ?」
かぶき町のエリアに一歩足を踏み入れた途端に、一番、顔を合わせたくない相手に声をかけられた。
なんでこんなに早く見付けやがんの、コイツ。俺の動向をチェックしてんの? 脳内GPS(俺限定)でも作動してるの? なにこのひと? ストーカー? やだこわい。それともコイツ、バカなの? 死ぬの?
「人捜しだ、人捜し。放っとけ」
ふいっと顔を背けて逃げようとしたところで、肩をがっしりと掴まれる。
「かぶき町で人捜し? だったら、この銀さんにお願いしたら? かぶき町は俺のシマみたいなもんだよ、猫の子一匹、ボタンひとつ、探り当てるのはテメェのポケットの中探るようなもんだよ。お礼はそうだな、チョコレートパフェか季節限定マロンパフェで手を打ってあげるよ。あ、月見団子でもいいな。お願いしてみない? ほらほら、そのツンツンヘアーを地面につけて、土下座してオネガイしてみなよ」
「誰が、てめぇなんかに」
「そうですよ、銀さん。今は、そのポケットから脱走ハムスターを引っ張り出す方が先なんですから」
そう言って割り込んだのは、新八であった。
「だぁってよぉ。家から外に逃げだしちまったら、もう、十中八九、無理だって。野良猫か野良犬にやられてるって。無駄だって。一応、形だけ半日ぐらい捜して、諦めようぜぇ?」
「それでも、うまく見つけたら、今月の家賃どころか二カ月先まで払えるぐらいの大金が転がり込んでくるんですよ?」
その話に、土方も「へぇ? たかだかネズっころにえらい大枚はたく御仁がいたもんだな」と、つり込まれた。
「ええ、なんでも『火鼠』っていう、全身が金色に光っているすっごく珍しい生き物なんだそうですよ。かぐや姫が花婿候補に持ち帰るように命じた宝物のひとつ『火鼠の皮衣』のモデルになった宇宙生物なんですって」
「ほーう? 最近はペットだなんだと、何かと外来種を持ち込む輩が居るからな。本来は、入国管理局が厳しくチェックしなくちゃいけねぇんだろうが、管理局も央国星とかの圧力に負けて、なし崩しだからなぁ……わーった、俺も見かけたら捕まえてやんよ」
「え? 手伝ってくれるんですか、土方さん。ありがとうございます。じゃあ、お礼といってはなんですけど、僕らでできることがあったら、お手伝いしますよ」
「いや、こっちは一応、住所とか分かってるし、大丈夫だ」
土方はそういうと、折り畳んだメモをひらひらと振ってみせた。
しかも、リストは屯所から近い順に並べられているので、道順もおおよそ把握できている。遠慮ではなしに、手助けはまったく必要無いのだ。
「で? 誰を捜してんの?」
ひょいと長い手が伸びて来て、そのメモが奪われた。
「あっ、こら、テメェッ!」
取り返そうとしたが、銀時は既にそれを広げていた。印字されている文字に、硬直してしまったいる。
「お、おーぐしくん、これ、なぁに? まっぴるまっから、こんなとこに行くの? おーぐしくん、バカなの? 死ぬの?」
「うるせーよ、だから、人捜しであって、そこに用事がある訳じゃねーんだ」
「それにしても、よ。なぁ、ぱっつあん、これ、どう思う?」
見せつけられた新八も、キョトンと土方とそのメモを見比べるしか無かった。
「こんなところで、誰を捜してんですか、土方さん」
「いや、その、つまり……山崎、なんだがな」
「山崎さんを? どうして山崎さんがこんなところに?」
「知るか。そんな理由、俺が知りたいわ」
ヤケっぱちで内ポケットの煙草の箱を探った土方であったが、山崎が買い出しに行ってくれないせいで、内ポケットの中で潰れている箱はからっぽで、煙草の葉のクズがパラパラと落ちてきただけであった。
「愛しの副長サンの性癖を満足させるために、健気にオトナのアイテム捜しに行ったんじゃねーの?」
「俺はそんなアブノーマル趣味ねぇ」
「そうですよ、銀さんじゃあるまいし」
思い掛けないところで新八にツッコまれて、銀時は鼻白んだ。
「そうなのか、万事屋」
「ちっ、ちげーよっ! 変なこと言うな、このダメガネっ!」
「だって、たまさんが」
「たまさん? 誰だ?」
「いや、だからあれは、アイツが何も知らないところに、ババァんとこの客だのじじーだのが余計なこと吹き込むからっ……てゆーか、今は俺のハナシじゃねぇだろ、今はおーぐしくんだよ、おーぐしくんのハ・ナ・シ!」
必死でゴマ化しながら「あ、この店だったら、ここの道をまっすぐいった右手側だわ」と促す。
「そうけぇ……あんがとよ。メモ返せ」
「あ、これね、ハイハイ」
やぶ蛇になった紙切れを返そうと、銀時が片手を差し出すと、その掌に白いものがふわりと舞い降りた。一尺半ほどの大きさの風船のようだが、丸い目と大きな口がついていた。腹の辺りが鈍く光っている。それが紙切れに食い付いて飲み込むと、くきゅ? と鳴いて首を傾げるや、ふわふわと飛び去った。
「な、なんだぁ、ありゃあ?」
「ちょ、あの野郎、メモ……っ!」
「それよりも銀さん、あれ……中で光ってるのって、まさか『チーズケーキちゃん』?!」
「なんだって!?」
とっさに不思議生命体を斬り捨てようと、鯉口を切った土方を、銀時が「ちょ、中にいるハムスターまで斬っちゃったらどーすんの!」と、必死で羽交い締めにする。
「銀さん、土方さん、ケンカしてる場合じゃないですよ。追いかけましょう!」
アダルトショップの店員に「お客さんぐらいの体格でしたら、無理をせずに、まずはこれぐらいのものから試された方が」などと、やたら親身に応対されて、山崎は恥ずかしさの余りに顔から火が出そうだった。
「いや、あの、コイツが使う訳じゃないんです」
山崎を背中に庇ってやりながら、原田がそう言うと、店員は不思議そうに二人を見比べる。
「え? でしたら、お客さんが? いえ、タチ・ネコは体格で決まるものじゃありませんけどね」
「だから、タチとかネコとかいう問題じゃなくて……そもそも、俺ら別に彼氏とか、そういう仲じゃなくて、その、プレゼントみたいなもんで。なぁ、ザキちゃん」
山崎がこっくりと頷く。
「プレゼント、ねぇ。こういう道具はデリケートなものですから、できたらご本人さんが選ばれる方が……いえね、一応、ジョーク商品という建て前ですから、お売りすることに問題はありませんけど……観賞用ではなく、実用にされるのでしょう? 一応、医療器具という扱いになりますし」
「あのー…そんなに危ないんですか? もし、土方さんに怪我させたら困るし」
恐る恐る、山崎がそう尋ねる。
いくら土方本人が所望していたとしても、危険が伴うプレイはできそうにない。
「そこまでザキちゃんが心配するこっちゃねぇよ。あんなDV野郎。本人がヤりたきゃ、好きにヤらせとけよ」
「そうは言っても」
「でしたら、とりあえず商品カタログを差し上げますから、彼氏さんと改めてよく相談された方がいいと思いますよ」
「はぁ」
店員は一度カウンターに戻ると、分厚い冊子を引っぱり出すと、かわいらしい花柄の紙袋に詰めてやった。店を出て、薄暗いビルの階段を降りて、地上に辿り着く。思わず二人して深い溜め息が漏れた。
「もう一件、回ってみるか、ザキちゃん?」
原田が、小柄な親友を慮って、その背中を撫でてやる。
「いや、もういいよ。つきあってくれてありがとう」
ぐったりとしながらも、紙袋は大切そうに抱え込んだ山崎が、そう答える。
「じゃあ、この界隈をもうちっと回って、そんで戻るか」
「そうだね、あのヘンなのも全然、見かけないし」
気を取り直すように、首を曲げてコキコキと鳴らした山崎の目の前を、大きな白く光る風船のようなものが横切った。
「原田さん、アレ!」
「何食らったんだ、妙に膨らんで……っ!」
太刀の代わりにと、副官に持たされた捕虫網を構えた原田だが、それを振り回す前に視界に長身の男二人が飛び込んで来た。一人は銀髪で木刀を握っており、もう一人は黒ずくめで真剣を手にしている。
「万事屋の旦那……!? それと、副長!?」
呼び掛けられて、二人が振り向く。
「なんだ、ハゲ」
「原田?……山崎も一緒か」
突然の邂逅にリアクションがとれずに固まってしまった三人であったが、そこにようやく追い付いて来た新八が、走り詰めですっかりあがってしまっている苦しい呼吸で「早く、銀さん、逃げちゃうよ!」と喚いたおかげで、我に返った。
「のけ、ハゲ、あのフーセン野郎、叩き落としてやる」
「乱暴にすると、大変なことになるんですよ、勘弁してください、旦那」
「うるせぇ、ボヤッとしてる間に、二十万円が消化されちまったらどうするんだっ!」
「二十万円?」
「いいからっ!」
躍り上がって、銀時が木刀を一閃させる。まっぷたつになった宇宙生物は、ぽとりと地面に落ちる。そこに新八が駆け寄って、一瞬ためらったものの、両手をその切り口へ突っ込んだ。斬られても、血や体液のような汁を分泌するわけでもないが、じっとりと生暖かい肉が、じわじわとその傷口をふさいでいこうとする。
「ちょっ、待って、待って、ちょっとだけ待って、お願い、チーズケーキちゃん返してっ!」
ぐったりしているハムスターを探り当てて掴むと、既に手首を締め付ける程に塞がってしまっている穴をこじ開けるようにして、力任せに手を引き抜く。
「あ、すみません、土方さんのメモ用紙は、間に合いませんでした」
「ああ、それはもう、いい。そいつ、生きてっか?」
「あの、辛うじて……呼吸はしてるみたい」
今まで酸欠状態だったせいか、あるいは飲み込まれてパニックにでも陥ったか。黄金色の小さな腹の辺りが苦し気に波打っていた。ともあれ、生きていることは確かだから、飼い主に対する任務は無事に果たしたことになる。その後で、病院に連れていくなり看病するなり、あるいは延命を諦めて皮衣制作の準備をするのは、万事屋の仕事ではない。
一方、新八に腹の中を掻き回された宇宙生物は、乱暴な扱いにキューキューと鳴きながらも、みるみる増殖すると、ふわふわと逃げようとする。それを、原田が慌てて網で絡め取り、ビニール袋に詰め込んだ。
「なんなんだ、そのヘンなのは」
「あれ、報告書、出しましたよ、俺?」
山崎がきょとんと土方を見上げる。
物凄い形相をして自分を睨んでいるが、山崎にしてみれば「副長室に顔を出す必要はない」と言われている訳だし、報告書も出しているし、市中見回りはちゃんとした任務の一環であるし、アダルトショップを巡っていたのも、いわば土方のためのおつかいなのだから、怒られるような心当たりがまったく無い。
「報告書は……テメェに説明させるつもりで、まだ読んでねぇ。ともかく帰るぞ」
土方が、山崎の耳を掴んで引っ張る。
原田や銀時、新八がポカンと口を開けて見送っているが、それにリアクションするほどの余裕は、土方にはもう残っていなかった。
「いだだだだっ、ちゃんと帰りますから、痛い、痛いって、手ぇ離してくださいよっ! 耳千切れるっ!」
「うるせぇ」
「マジで痛いんですってば……あ、そういえば副長」
「あん?」
「浣腸器のカタログ貰って来ました」
土方の手が、山崎の耳を離した……と思うや、次の瞬間、力一杯、山崎の脳天に拳骨が振り下ろされた。
障子は穴だらけ、畳はシミだらけで煙草の吸い殻が散らばっている酷い有り様の副長室に、山崎は言葉を失った。
「どうしたんですか、これ」
「オマエのせいだ。掃除しとけ」
「なんで俺のせいなんですか。理不尽です。それにこれ、掃除しろっていっても、無茶ですよ。畳屋でも呼んで張り替えさせないと……そうだ、待ってくださいね、そういえばこないだタレコミしてくれた工務店がいて、なかなか腕もいいって評判で……あれ?」
思いだしたように、携帯電話を取り出そうとして、それが無いことに気付いた。ズボンや上着のポケットを必死で叩く。
「ほれ」
土方が、おもむろに懐から山崎の携帯電話を取り出して、放り投げてやる。
「え? なんで、俺のケータイが?」
「どーいう理由かは知らねぇが、押し入れに紛れ込んでたぞ。おかげでテメェと連絡とれねぇで不便するし」
「あ、その、すみません」
今日一日で何度同じ仕草をしたものか、土方はイライラと煙草の箱を引っ張り出そうとしては、煙草を切らしていることを思いだす。山崎はそれを見て「あの、文机の下の引き出しに買い置き、残ってる筈ですよ」と小声で告げる。
「早く言え」
「早く言えも何も……俺、今、ここに来たとこなのに」
「だから、テメェは、いつでも俺と連絡とれるようにしておけっていうんだ、バカ野郎」
罵りながら、山崎が指摘した場所から新しい煙草の箱を取り出す。一方、俯いていた山崎は、なぜか口元を微かに綻ばせていた。
「何ニヤついてんだ、気色悪ィな」
「だって。いつでも連絡とれるようにしておけって、なんか、その」
山崎が何を言いたいのか思い当たったらしく、土方の頬が微かに赤らんだ。
「バカ、そういう意味じゃねぇ、その、何かと不便だし、テメェは俺の直属の部下なんだから、連絡が取れねぇと問題があるって……つまり、そんだけのハナシだ、誤解すんな」
「ええ、分かってますよ。ちゃんと、分かってます」
それでも、たとえ便利な使い走りとしか見てもらえなくても、この美しい上司が自分を常に必要としてくれていることを、自惚れても良いじゃないか。
「じゃあ、とりあえず、その、例の報告書ってぇのについて、説明しろ」
「あ、はい」
文机に見覚えのある封筒を見つけ、取り上げようとした山崎は、その傍らにちょこんと乗っている薬の箱に視線が吸い付いた。
「副長?」
「なんだ」
「本当に痔なんですか?」
「は?」
「だったら、浣腸プレイとか、無理しない方がいいですよ? デリケートなものだって、アダルトショップの店員さんも」
「何の話だ?」
「だって、これ。副長のでしょ?」
山崎が、ボラノギールの箱を土方の目の前に突き出す。
状況が理解できなくて、固まっているところで、留守を頼んでいた永倉が顔を出した。
「あ、副長、お戻りでしたか。局長から連絡が入って……とりあえず、回収した宇宙生物は、シャトルで地球外に放出することに決定したそうですから、その準備をしておけっていうのと……鬼兵隊対策について会合があるから、急いで江戸城に来るように、とのことです」
「あ、そ、そうか。ご苦労」
「今度、なんかオゴってくださいね。副長が職務放棄して屯所抜け出してるなんてとても言えなくて、俺、必死でゴマ化したんですから」
言葉とは裏腹に、あまり気にしていないらしい軽い口調でそう言うと、永倉は「じゃ」と、片手をひらりと振るや出ていった。
「山崎」
「はい?」
「はい、じゃねぇ。さっきの、聞こえてなかったのか。江戸城に行くぞ」
「俺も?」
「当たり前だろ。てめぇは俺の傍に居たらいいんだ」
数拍後、何に思い当たったのか「あい」と答えて花が咲くような笑みを浮かべた山崎に、土方は慌てて「いや、そういう意味じゃねぇ。その、報告書を読むヒマがねぇから、道中、クルマの中で口頭で説明しろってことだ」と弁解した。
結局、この事件で鬼兵隊に関する調査はほとんど進展しないままウヤムヤになり『土方は浣腸マニアで痔持ちらしい』という悪評だけが残ったのであった。
了
【後書き】某SNSのお友達の誕生日が目前だったことに気付いて、プレゼント代わりにリクエスト(原田と仲良くしてる山崎に、ヤキモチを焼く土方というお題)を頂いて書き下ろしたものです。ストーリー的には『深い仲』になる手前ぐらいじゃないかな。だったら動乱編以前? そこいらは、読者のご想像にお任せします。
ちなみに、この不思議生命体と戯れる高杉……という視覚レイプ企画も密かに進行中。コス写真館には、そんなお茶目な高杉のコスプレ画像が先行収録されています。
タイトルは(古今集191)の『白雲に羽うち交はし飛ぶ雁の 数さへ見ゆる 秋の夜の月』より引用。
|