宵待草


寝苦しいと思ったら、男の手が口を被っていた。背後から抱きすくめられている。ひどく生臭い匂いがするのは、男の吐く息だろう。いや、自分自身の口もいやに酒臭い。

「声出すと、ガキどもが起きるぜぇ?」

耳元で囁かれて、背筋がゾクゾクした。それが嫌悪感なのか、また別のものなのかは自分でも判別できない。いや、自分の身体の反応全てが、己の制御から外れてしまっているようだ。男の腕を振り解きたいのに、腕に力が入らない。振り向くと顔は暗くてよく見えなかったが、特徴的な髪の色は夜目でも判別できた。曲者や盗賊の類いではない、と知って安堵したせいか、力が抜けた。

「銀時、何の冗談だ」

「そんな野暮言うんじゃねぇよ」

唇が近付くと、その口臭はアルコールというよりむしろ、吐瀉物の悪臭に似ていた。顔を背けようとするが、顎と掴まれて首ごとねじ曲げられ、強引に吸い付かれる。舌が割り込んで来たが、無理な姿勢のせいか顎に力が入らず、噛みついてやるどころか、逆に受け入れるように口をだらしなく緩めてしまってた。唾液が溢れて、唇から顎を伝うのが、こそばゆい。

「夫婦ごっこしてたんだから、別にいいじゃねぇか。それ割り引いても、男と女がこんだけ無防備に一緒に寝ちゃ、そりゃ、事故だって起こるだろ?」

深々と口を蹂躙した後、銀時がそう囁いた。

「だって、あの子も……日輪様もいるのに」

「だから、声、出すなよ?」

冗談じゃなくて、本気なのか。
だが、あの鳳仙をも向こうに回した、凄まじい戦闘能力を見せつけられている男相手に、ましてや腕の中にすっぽり納められているこの体勢で拒み切ることもできないのは、共に戦った経験からも理解していた。




「大切なお客様だから、おまえが接待して差し上げて」と、女主人である日輪太夫から頼まれ、死神太夫としてお座敷に上がったのが、昨日のこと。だが、現れたお客とは旧知の仲である坂田銀時であるうえに、どうやら、師匠であった男の死に落ち込んでいるのではないかと気を回した日輪が、自分を慰めようと企んだ茶番であることが分かった。
だが、茶番であっても仕事は仕事と割りきり、勧められるままに盃を受けたところから、意識が飛んだ。自分がこんなにも酒に弱いうえに、酒癖が悪かったとは知らなかった。気付けば銀時だけでなく日輪、晴太母子に万事屋の子供らも巻き込み、ドンチャンやらかした挙げ句酔い潰れてしまったらしい。散乱している酒瓶や盃、カルタ札やUNOの札に、何のゲームで使ったのか金属バットまで転がっている。

やっちゃったなーと思いながらも、まだ見回りの時刻ではないことを確かめて、寝直した結果が……この有り様だ。そのまま眠り直さず、部屋を出ておけば良かったのに。だが、今更後悔してもどうしようもない。

襟元から差し込まれたごつい手は、横向けに寝ているために自重で潰れて深い谷間を作っている乳を鷲掴みにして、もぞもぞと動いていた。尻の当たりには、何やら固いものが押し当てられている。
色里で育てられた女なのだから、その意味は十分理解しているし、現場を目撃したことだってある。だが、いざ己の身に降り掛かると、どうしていいのか分からなかった。
指が敏感な……多分、アルコールの影響でいつもよりも過敏になっている……先端を探り当てた。

「ひゃ……」

奇声が上がりそうになり、慌てて己の口を押さえる。だが、我慢しようとすればするだけ、先端の反応が激しくなっていくような気がした。びくびくと全身が痙攣し、涙がにじむ。頭の奥が真っ白くなり、腰下の力が抜けていくのが分かる。

「んっ、んんんんっ、んふっ……」

「アレ、太夫、イっちゃった?」

イくという感触がどういうものか知らないので、首を振った。
それを「イってない、とウソをついた」という解釈したのか「ふーん? そう?」と囁いた銀時の声には、微かな棘が含まれていた。

ようやく胸乳が解放されて、ほっと脱力した途端に、今度は尻まで一気に裾をまくり上げられた。腰巻きもめくると、白い桃のようにむっちりした尻が露わになる。さすがにギョッとして這ってでも逃げようと、腹這いになったところで、その尻肉を両手でがっちりと掴まれた。押し広げると、分泌されていた体液がニチャッと音をたてる。

「すんげぇ濡れてんのに」

「違う」

こんな好き勝手に身体を弄ばれて、感じるような性癖なんて無いと否定したかったが、だらしなく開いた陰門から溢れた体液が腿を伝い流れていては、説得力も無かった。過剰なまでの湿り気のせいか、押し当てられた指が、水音を立てながらすんなりと飲み込まれていく。だが、その感触は慣れないものであるうえに、先ほどの昂りの余韻を残しているせいか、思わず悲鳴が出かかった。とっさに着物の袖を噛んで堪える。

「こんなんでイっちゃダメだよ? ちゃんとお珍宝を受けなきゃ、太夫、お仕事にならないよ?」

「うぅ、うううんっ」

掻き回されるたびに、自分の身体が立てているとは思いたくない、犬が水でも飲むような湿った音がした。内側を探られるうちに、身体の奥がムズ痒くて堪らなくなる。痒いところを掻いてほしくて、無意識に腰が揺れた。

「もっ……おっ……くぅ…んんっ」

「これ以上奥は、指じゃ届かねぇよ? これで我慢しな」

じゅぶりと音がして指が抜かれる。内側に空気が入ったのか、その途端に放屁のような音がした。それが恥ずかしくてカッと頬が赤くなったが、銀時は全く頓着せずに、今度はその指を肉芽へと這わせた。小便の匂いを微かに纏っているその排泄器官は、ぷっくりと固く膨れている。

「や……」

べとべとに濡れた指でそれを擦られる感触は、陰門そのものよりも刺激が強いうえに、胎内のムズ痒さを誘発し、増幅させるようだった。腹の奥に虫が詰まっているような錯覚がするほどの異物感に、ものを考える余裕もなくなる。ただひたすら内側を抉り、掻き出してもらいたかった。そうしてもらわないと、自分は気が触れてしまうと、半ば恐怖すら感じられるほどに。
この状況をつくり出したのが銀時なら、銀時がなんとかしてくれなくては困る。もう、恥も外聞も無かった。俯せで尻を掲げた姿勢のまま、ただ無我夢中で、己の手指で尻を押し広げていた。
銀時が息を飲んだのが、気配で伝わった。そして、深い溜め息。

「なに、それ。太夫、おねだり? やっぱりなんだかんだ言って、吉原の女か」

そうじゃないと弁解したかったが、その前に下半身が切り裂かれるような痛みが訪れ、言いたいことも吹き飛んでしまった。いくら指で多少は慣れたとはいえ、太さが違う。声が出そうになって、慌てて袖を噛む。なぜか涙が溢れた。ついでに鼻水も垂れたので、鼻と口が塞がって息苦しい。さらに何も考えられなくなるほど圧倒的な痛みが加わって、確かに痒みどころではなくなっていたが、それが果たして自分が望んだものかどうかは、分からなかった。





突き上げられるリズム、子袋へ響く重たい痛み、この感触を自分は知っているような気がする。お座敷に上げられる前に顔を傷つけて「女」を捨てたはずの自分は、用心棒として働き続けていたから、今まで一度も、客など取ったことはないというのに。

「口吸えの、足を絡めの、気をやれの、ほんに務めは辛いもの」

「日輪様、なぁに、その小歌」

「月詠、お前はまだ小さいから、こういうことは分からないだろうねぇ」

日輪はからからと笑って、まだ幼かった月詠の頭をくしゃくしゃと撫でた。
後に吉原随一の花魁となった日輪ではあるが、いきなり最上級の花魁になれたわけではなく、彼女自身も幼少時はかむろとして下働きをした後、最下級の切見世女郎から端、局、格子とのし上がっていったのだ。嫌な客に対する拒否権があるのは、花魁だけだ。

「分かるよ?」

「まぁ、おませさんね」

日輪はまともに取り合わず、月詠に行水の支度をするように命じた。まだ見世仕舞いの子の刻(午前零時)には間がある。もうひとりぐらいは、口直しがてら客が取れるかもしれない。

「分かるよ?」

なぜ、その時に自分がそう繰り返したのか、月詠は覚えていなかった。
だが今にして思えば、本当に分かっていたのかもしれない。どうしてなのかは、思いだしたくなかった。いや、思いだすべきではないと、心のどこかで警告音が鳴っていた。開けてはいけない。その箱を開けてはいけない。




もう少し我慢していたら、ご飯が食べれるから。




押さえ付けられ、強引に捩じ込まれる苦しさに耐えながら、それだけを考えていた。

「お前は女を捨てたのだから、ここも、もう使われることもないだろう。それを活用してやってるんだ。これは、お前のためでもある」

「はい、師匠、ありがとうございまする」

そう答えないと殴られたし、その後の楽しみである飯も与えられなかったのだから、仕方ない。
当時は、この行為の意味はまだ分からなかったし、痛みに耐える修行は他にもいくつかあったため、その一環だと思い込んでいたのかもしれない。

「月詠、いい娘だ。お前は俺のものだ。俺の最高作品だ。お前は誰にもやらない。俺が作り上げ、俺が殺す」

「はい、師匠……し、死ぬる……わっち、もう、死にまするぅ」

接触部分が擦り切れるのではないのかという程、ピストン運動が激しくなる。もうそろそろ終わるのだと察して安堵するが、その気のゆるみを気付かれればまた殴られるので、必死で幼いなりに演技をする。

「死ね、月詠っ!」

「はい、師匠……っ」

どくどくと内側に熱が放たれた。地雷亜が額を幼い弟子の胸にごとりと落として、荒い息を吐く。その湿った重みを感じながら、今夜の晩ご飯は何だろうと考えていた。





「うそだ、そんな……わっちが」





ふと、我に返ると銀時が土下座をしていた。

「は?」

「いや、その、スンマセン。まだ酔っぱらってて、そしたら隣にでっかいオッパイが寝てたもんだから、ついフラフラと、その、酔いの勢いというか、出来心というか、でも、オメェだって誘って来て、据え膳状態っつーか……いやでも、それは言い訳だよな、要するに……ゴメンナサイ」

月詠はなぜかその正面で正座をしていたが、着物がはだけて胸乳も太股も丸出しであった。慌ててその乱れを直す。自分がついさっき、この平蜘蛛のように這いつくばって謝罪している男に抱かれていたのだというのが、とても信じられない。

「怒ってはいない。銀時、騒ぐと子供らが起きてしまう」

「あ、ああ。その、ホント申し訳ない」

劣情を吐き出してスッキリした途端に、自分のやらかした事の重大さに気付いて狼狽えているのだろう。そのしょぼくれている姿が、急に愛しく感じられた。
むしろ、抱いてくれたのが、他ならぬ銀時で良かった。務めでも修行でもなく、確かに愛撫といえるものを与えてくれたのだから。

「銀時。あんなことをされては、わっちは眠れる気がしない」

そっと囁いてみた。
腕でも貸してくれれば眠れそうだが……と続けようとした月詠の目の前に、酒瓶が突き付けられた。

「眠れないなら、飲み直すか?」

月詠はあっけに取られて、酒瓶と銀時の顔を見比べた。
もしかして、本当に銀時には月詠に対して恋情とかはなくて、酔いの勢いで起きた事故だというのだろうか? だが、それを問いつめようとした時に、新八が「うーん」と低く唸って寝返りを打った。
起こしてしまったらマズいと口をつぐむと、その間に銀時は「じゃ、その、悪い犬に咬まれたとでも思って忘れてくれや」と囁いて、ごろりと寝転がってしまった。月詠は唖然としていたが、やがてコップになみなみと酒を注ぐと一気に煽った。





迎え酒のせいか、程よい運動のせいか。今度はすっきりと目が覚めた。
まだ、月は高く夜は深い。
起き上がって、皆を起こさぬようにそっと部屋を出ようとしたら「見回りか」と声がかかった。

「結局変わりゃしねーんだな、お前は」

それが何を意味した言葉なのか、月詠には分からなかった。
その代わりに、頬の傷に触れながら「……なァ、もし」と呟いていた。

「もし……この傷がなかったら、わっちは……もっと別の生き方をしていたのかのう」

畳に寝転がったままの銀時は、数拍黙り込んで言葉を捜していたようだが「変わりゃしねーだろ」と答えた。

「それがてめーが選んだてめーらしい生き方って奴なんだろ。後悔する必要はねェ。恥じる必要はねェ。誰でもねェ。てめー自身で選んだ道だ。胸張って歩けばいい」

月詠の指が、頬から滑り落ちる。
そう、これが、女を捨てて、仕事に生きると決めたこの決意こそが、自分の決めた自分の生き方なのだ。
ほんの一瞬だけでも『女』として愛される夢を見せて貰えただけでも、幸せだったのかもしれない。野暮なことを聞くべきではなかったと、立ち去ろうとした月詠の背に「てめーのツラは醜くなんかねェよ」という声がかけられた。

「傷一つねェ魂持った、キレーなツラだ」

月詠はその言葉の意味を一瞬、計りかねた。

「銀時……」

だが、用心棒として研ぎすまされたその神経は、背後で目を覚まして狸寝入りをしている気配が、銀時だけではないことも察していた。
だからこそ、あのような奥歯に物が挟まったような言い回ししかできなかったのだろう。

(あなたに抱かれて、良かった。それが例え事故であっても)

そう言いたかったが、第三者の存在を意識して、しかし万感の思いを込めて「お前達に会えて……良かった」と囁いた。
振り向くと、銀時だけでなく、新八と神楽も(先ほどの痴態に気付いているのか、いないのか)片手をあげてひらひらと振り、それに答えてくれた。



(あなたに会えて、本当に良かった)



月光の下、ひとり歩きだした月詠の口元にはむしろ、満たされた笑みが浮かんでいた。


(了)

【後書き】屍様のリクエストだった銀時×月詠のオハナシ、ようやく仕上がりました。銀時も月詠も恋情でぐだぐだするのは得意じゃなさそうだから、結局、R小説にしちまったい。
ちなみに、タイトルは月見草の別名で、花言葉は「打ち明けられない恋、無言の恋、自由な心」。
身内先行初出:09年09月21日
サイト収録:同月28日
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