納豆プリンだって食べられるんだからケーキラーメンだって実際にやってみたら美味いかもしれない人生やってみなければ分からない/下


真っ暗な内部に芙蓉は戸惑った。何故こうなってしまったのだろう。自分はまた計算を誤ってしまったのだろうか。光がまったく射さないというより、光が通る隙間も無いほどにびっしりと詰められた、生温かい肉の感触。それも、ザワザワと動き脈打っている。複製を作らせるために残して来たコピー体が、過剰に繁殖してしまったのだろうか。一定以上の基準に達すれば、システムが構築される筈なのに。
視覚に頼ることができないため、特殊なレーダーで銀時の生体反応をスキャンし、位置を特定する。銀時は、肉塊の密度の最も濃い辺りに埋もれていた。芙蓉がそれらをかき分けながら銀時に近付こうとすると、タコか何かのように手足に巻き付いて来た。帯やかんざしが絡み取られていく。

「銀時様?」

呼び掛けるために開かれた芙蓉の唇にも、じっとりと濡れたものが入り込んでこようとする。

「たまさま、たまさま、たまさま」

囁きかけてくる声や息づかいは、確かに白血球王のものと知れた。だが、人の形をしていない。醜悪な劣化コピーだ。



どうして? 銀時様の情報を容れて、複製させれば良かった筈なのに。



ようやく辿り着いた頃には、着物は剥ぎ取られ、結い上げた髪もすっかりほどけていた。ミミズの群のような塊を両手を使って掻き分ける。

「銀時様」

「たまか」

息も絶え絶えな声だったが、命に別状は無いということは、生体反応の解析から分かっていた。そうでなければ、さすがの芙蓉も動揺していただろう。

「お迎えに参りました」

「おせーよ……もう、ナレーションする気力も残っちゃいねぇ」

銀時が手を差し出す。暗闇の中で何度も空振りをしていたが、芙蓉の方からその手を取って、己の頬に触れさせた。

「たま、ひとりか」

銀時がそのまま指を芙蓉の耳へと滑らせ、首から肩へとカタチを確かめるように触れていく。何に反応したのか、芙蓉が小さく身震いした。

「私は、何を間違ったのでしょうか? 私の計算ミスで、銀時様をこんなにも苦しめてしまいました」

「んなもん、俺にも分からねーよ。んだよ、この触手プレイみてぇなのは。そういう性癖ねぇからな、俺」

「申し訳ありません。私はただ、私の友達……私の中の、私だけの銀時様を、いいえ、銀時様から生まれた彼を、白血球王を、助けたかっただけなのに」

銀時の手は、芙蓉の胸元から腹へ、そしてほっそりした腰へと辿り着く。その頃には、銀時は己の掌の感触から、仰向けに倒れている自分に屈み込んでいる少女が全裸であることに気付いていた。もう散々搾り取られたせいで銀時の下腹部はぴくりとも反応しないが、それでもその腰を抱き寄せて胸へと引き込んだ。ほどけた髪がサラリと広がるのを気配で感じ、この暗闇で芙蓉の顔が見えないのを惜しいと思う。少女の頬が胸板に押し当てられ、柔らかい乳房の感触を腹に感じた。

「そうだな。たまはただ、友達を助けたかったんだよな」

すっかり怒る気が失せてしまったのは、芙蓉の身体が人間の体温よりもほのかに低く、触れあうとひんやり心地よいというだけの理由ではないだろう。少なくとも、この滑らかな肌の感触で、結野アナのお天気コーナーを見逃してしまったことぐらいは、チャラにしてやってもいい。

「私は、どうしたらいいのでしょう?」

その間にも二人の周りには、白血球王であった筈の物体……どろりと溶けた無数の手指、脚、舌、そして何とも判別できない触手のようなもの……が、ざわざわと蠢いては、べたりと肌に吸い付いて、穴という穴に入り込もうとする。

「どうって言われてもな。とりあえず、こいつらをなんとかして……で、口直しでもさせてくれや。そんで、ゆっくり対策でも練ろうぜ」

銀時はやおら起き上がると、芙蓉を抱き上げた。
自分一人が好き勝手されていたのは、我慢できた、というよりも中ば抵抗を諦めてしまっていたのだが、同じものが芙蓉の身体に触れるのはなぜか無性に許せなかった。ずるずると追い縋ってくるのを、暗闇で見えないなりに蹴り飛ばし、がむしゃらに歩く。

「口直し?」

「テメェと同じツラしたオッサン……途中からは、なんかワケの分からねぇタコ入道みてぇなヌルヌルに襲われて、好き放題されたんだぜ。それぐれぇいいだろ」

「私は、構いませんが」

「あ、まぁ、俺のんが使い物になるかどうかは、知らねぇけどよ」

「かわいそう」

いや、いくら搾り取られてしょんぼりではあるけど、まぁ、そういう目にあってなくても持病で些かカワイソウな愚息なのは確かだけど、だからってそう、はっきりと同情されると余計にみじめというか……と、銀時が口に出して言う前に、芙蓉が「せっかく生まれたのに、私が計算ミスをしたばかりに」と言葉を紡いだ。それを聞いて、銀時はふと『そういうハナシがどっかにあったな』と、ちらりと思い出す。
白血球王だったものの気配が失せたので、芙蓉を抱き下ろしてやる。床は金属製で冷たかったが、そもそも機械人形なのだから、その点は問題ないだろう。

「わーった、わーったよ。あいつらも助ける方法、考えてやっから」

「本当ですか?」

本当、とは言い難い。
この禍々しい連中を焼き払うべきか、すり潰すべきか、一体どうやって滅ぼしてくれようと、芙蓉が来てくれるまでは本気で考えていた。だが、その憎悪の増大に比例するように、それらは人の形を失っていった。なんでアイツを助けるために俺がこんな目にあうのかと恨めしく、助けようと一肌脱いだ自分の愚かしさが腹立たしく、先に帰ってしまった新八らが妬ましかった。
だが、芙蓉の首筋からたちのぼる、仄かな体臭に似た香り……実際にはオイルと人工皮膚のゴムの匂い、そしてそれを誤魔化すために微かにまぶした芳香パウダーが入り交じったもの……を嗅いでいるうちに、そういったドス黒い感情も薄れていく。

「ああ」と言葉少なに答えるや否や、唇を相手の顔に押し付けた。まったく視覚がきかない状態では相手の唇がどこにあるのか分からなかったが、それと察した芙蓉の方から、首を傾けて唇の位置を合わせてくれた。ゆっくりと身体を横たえてやり、その上に被いかぶさる。床に何か敷いてやりたかったが、そうしてやれる物は持ち合わせていないから、仕方ない。まだ銀時の茎は軟らかいままであったが、その一点の快楽を求めることよりもむしろ、ただひたすら肌を触れあわせたかった。大袈裟な表現をすれば、その接触面から浄化されていくような気がする。
つい、雄の本能として腰が動いてしまうのは、ご愛嬌で。

「きっと、ですよ?」

「わーってるって」

視覚がきかない分、それ以外の……嗅覚や聴覚、肌の感触に敏感になっている。無我夢中で肌に吸い付くと、芙蓉がぎこちない小さな作り声をあげたり、銀時の背に回した手をもじもじさせたりする。またろくでもないモノで余計なことを覚えてきたに違いないが、多分、そういう反応をすると相手が喜ぶと考えたのだろう。所詮、機械人形である芙蓉には、いくら愛撫されようと逆にどんなに乱暴にされようと、肉体的な感覚は喜びも痛みも一切、存在しない。普通の女にこうもあからさまに『演技』されれば萎えもするだろうが、こと芙蓉に対しては、そこまでして自分に尽くそうとしているのかと、逆にいじらしさすら覚えた。

「あ。なんか、いけそう。挿れていい?」

「はい、銀時様」

そう答える芙蓉の語尾が乱れていないのは、そもそも機械人形は呼吸などしていないからだ。銀時はそれについては深く考えないことにして、芯ができ始めたモノの根元を握り、数回扱いてみてから、先端を滑らかな割れ目に押し当てた。子守り人形としての本来の用途には全く必要の無い、だが銀時に尽くすためだけにこっそり備え付けられたパーツは、生身の女よりもデリケートにそれを包み込む。

「んあ……イイっ……」

思わず声を上げてしまったのは、銀時の方である。あの触手に根元から巻き付かれて、強引に扱かれ吐き出していたのとは、雲泥の差だ。しばらく腰を擦り付けていると、芙蓉が「銀時様。計測の結果、このままオルガスムスに達するには、刺激が少々足りないように思われます。前立腺も刺激した方がよろしいですか?」と囁いた。

「は? 前立腺って」

「ですから、接合部分のパーツを雌型から雄型に取り替えて……」

「バカ、要らねぇ。黙ってろ」

「はい、銀時様」

女にまで掘られてたまるか。一瞬ムカッ腹がたったが、これも相手を気持ちよくしてやろうと、芙蓉なりに考えた結果なのだからと考え直す。ここまで来ると、銀時の贔屓目もかなりあるのだろう。アバタもエクボ、というところか。

「まったく、オメェってバカは、本当に……いい子だな」

ぽつりと呟いて、手探りで頬を撫でてやった。
人間社会の常識がスッポ抜けてて、力加減もめちゃくちゃで、かといって機械のくせに計算ミスなんかしでかす、ポンコツで。それでも、ただひたすら人間に、こんなろくでもない自分に、尽くすことだけを己の存在理由にしている人形を。

「おめぇの顔が見てぇな。ここに灯りがありゃいいのに」




こういう時は、なんて言うんだっけ。もっと光を? 違う、光あれ、か。




その途端に、ぽうっと小さな光が舞い降りて来た。まるで、ひとひらの雪のように。その微かな光ですら、暗闇に慣れた目には眩しく、銀時は本能的に目を背ける。それで正解だったようだ。次の瞬間、その光は爆発的に膨らみ、闇を飲み込んでいった。光を正視していたら、たちまち失明してしまったに違いない。愚息は怯えたように萎えてずるりと抜けてしまったが、御本尊は逆に芙蓉を庇うように抱え込んだ姿勢をとる。その眩しさに目を眇めながら周囲を見回すと、折り重なっているふたりのすぐ傍らまで、白血球王は這いよって来ていたらしい。だが、それも光に焼かれて灰のようにさらさらと崩れていく。

「やべっ」

あのドロドロした連中も助けると、芙蓉と約束したのに。
だが、その白い灰がむくむくと膨らんだかと思うと、その中から真っ白いマントをまとった銀髪の男がひとり、またひとりと這い出てきては、立ち上がった。

「どうやら、私の計算通りだったようです」

けろりと言い切った芙蓉の頭を、銀時が反射的にスパンッと叩いた。

「なぁにが計算通りだ。偶然だろ、このケーキラーメンが」

「美味しい唐揚げと美味しいパフェを掛け合わせた唐揚げパフェは美味しいそうです。ケーキとラーメンだって、やり方によっては美味しくなるということです」

「んなわきゃねーっつの」

「貴様、たま様に何をしている。その汚い手を離せ。消毒するぞ」

湧き上がった声には、確かに聞き覚えがあった。

「やっと元に戻ったのか」

「ヒーローは常に、遅れて現れるんだ」

いけしゃあしゃあと言い放った男は、確かに白血球王であった。
複写を重ねることで同一性が失われるのか、それとも本来そういうものなのか、ほぼ同じ姿形をしているものもいれば、どこか顔立ちの違うものや、白マントの代わりに白タイツ姿の者も見受けられた。いや、これこそが芙蓉の体内の『世界』の再現でもあるのだろう。今や光は煌々と四方を照らし、あのドームも蒸気を吹き上げたり、チカチカと光を瞬かせたりして、活性化している姿を見せていた。芙蓉はそれらを満足そうに見回す。

その姿は女王然として……いや、芙蓉の体内の世界の一部でもある此処において、芙蓉はまさに女王なのだろう。髪を束ねることもなくおろし、一糸纏わぬ姿であろうとも、それを恥じることも隠すこともなく背筋を伸ばして、口元に柔らかい笑みすら浮かべていた。

「たま様、お召し物を」

白血球王が恭しく告げ、畳まれた芙蓉の衣類を差し出す。
お前らが脱がせたんだろーがと銀時は毒づきながらも、芙蓉が着替えを始めたことで今更のようにお互いが全裸であることを改めて意識し、顔を赤らめて目を逸らす。

「おい、俺の分は?」

「は?」

「は、じゃねーよ。俺の服はどこ行ったんだよ。たまの服はわざわざ畳んで持って来たくせに」

「知らん」

「んだと、コラ」

胸倉を掴んで銀時が毒づき、白血球王が「雑菌だらけの手で触れるな」と荒々しく払う。だが、復活したかと思えば早速いがみ合いを始めた二人をまるで無視して、芙蓉が「では、そろそろ戻りましょう」と宣言した。

「白血球王は、このメインシステムに人格データを戻してください」

「おい、たま。俺の服」

「白血球王、手配して差し上げて」

「たま様がそうおっしゃるのなら……おい、誰か予備の衣装を持って来い」

ドームのコンセントに己の腹から引っ張り出したケーブルのプラグを差し込みながら、白血球王が白血球らにそう命じる。

「んだよ、そういうのがあるんだったら最初から出せよ、最初から」

だが、差し出された服を見て、銀時の顔が引き攣った。額にぴきぴき、と青筋が浮く。
それは、白い全身タイツであった。





白血球王の口から飛び出すと、ちょうど白血球王の失われていた四肢が、淡く輝きながら再構築されているところであった。

「たま様、ありがとうございました」

「もう、大丈夫ですね? 元に戻りましたら、少し休んでください。私も妙なウィルスを入れないように、ネット接続は自重します」

「いいえ、私ごときのために、たま様の活動が制限されてはいけません。身体が治ったら、たま様の身体の修繕のお手伝いもいたします」

「ありがとう、本当にあなたは私の大切な友達です」

芙蓉はそういうと、身を屈めて白血球王の額に口付けた。姫君からそのような恩恵に与ることは予期していなかったのか、白血球王が耳まで朱に染める。

「たま様……」

感極まって、まだ手首までしか生えていない両腕で芙蓉に抱きつこうとした白血球王の頭に、銀時の踵落としが鮮やかに決まる。

「調子のんな、この野郎」

先ほどは多勢に無勢で白血球王らに押さえつけられたが、手足のハンデがあれば銀時の楽勝だ。

「卑怯者っ……って、オマエ、その格好はどうしたんだ?」

「どうじゃねーよ! テメェの体内のテメェらの仕業だろうが!」

結局、銀時には白タイツ以外に選択肢が無かったのだ。

「知らん。何かあったようだが、その間、俺のメインの意識は閉じてたからな……いいじゃないか、下っ端スーツが良く似合っているぞ」

白血球王が、フンと形の良い鼻を鳴らし、挑発された銀時が手をわなわなと震わせた。どの世界だろうと、どのような状況であろうと、やはりどこまでもイケ好かない。取っ組み合いにならなかったのは、単に彼の再生が完了していないからだ。

「そう突っかかるものではありませんよ」

さすがに見かねたのか、芙蓉がそう諭した。

「私の計算が間違っていました。あなたは銀時様の単なるコピーではなく、私というフィルターを通して構成された銀時様……いわば、私と銀時様、ふたりの間に生まれた存在なのですから」

「あー…まぁ、そういうこったな。ちゅーぐれぇで赤くなるようなお子ちゃまと違って、俺ぁ、たまと……」

へらっと笑って勝ち誇ろうとした銀時の股間を、白血球王が再生が終わったばかりの長い脚で蹴り上げた。





銀の字が戻ってきたぞいと、新八に連絡が入ったのは子の刻を過ぎてからであった。さすがに安否不明のまま自宅に帰るのは気が引けて、万事屋の事務所でまんじりともせずに待っていたのだ。
ちなみに神楽は銀時が愛用している椅子に腰掛けて全身を預けた格好で……ということは、仰向けにひっくり返り大口を開けた姿で、眠ってしまっていた。それでも、電話のベルに飛び起き「銀ちゃん、帰って来たカ、待ちくたびれたヨ!」と喚く。

「それでその、銀さんは無事なんですか?」

「おう。今、俺んとこで卵かけ飯ィ食ってるよ。でよ、銀の字が着替え持って来てくれとさ」

「着替え?」

「俺のんでもいいだろうと言ったんだが、色気づいて丈が短いの腹が緩いのと、文句ばかり言いやがる」

「どうして着替えなんか……まぁ、多少は汚れたり破れたりはしてましけどね。分かりました。すぐ行きます」

タンスを開けると、中に亀甲縛りの猿飛あやめが詰まっていたが、それは見なかったことにして華麗にスルーし、とりあえず銀時が部屋着にしている作務衣を風呂敷に包む。部屋を出ると、物音を聞き付けたらしい家主のお登勢が顔を出した。

「たまが帰ってくるのかい?」

「あ、はい。源外さんとこに。今、迎えに行って来ます」

「そうかい。こんな時間で物騒だし、こっちもたまには早く戻って来て貰いたいから、駕篭(タクシー)をお使い。こんだけあったら、十分だろイ」

懐から、悪趣味な刺繍でギラギラしている分厚い札入れを引っぱりだし、無造作に紙幣を何枚か抜き出す。

「あ、ありがとうございます!」

「お釣りはくれてやる」

殊勝に頭を下げた新八の隣で、神楽がシレッと「アリガトーヨ、クソババー!」と、憎まれ口を叩く。

「クソババーは余計だ、このクソガキ! ああ、駕篭が来たようだね」

神楽の頭を一発引っ叩いてから、お登勢は遠くに見える行灯の光に向けて、片手を振って招いた。





「なんですか、その格好」

駕篭を待たせておいて、源外の工房に入った新八は、思い掛けない光景に、立ちすくんだ。

「何って、見りゃ分かるだろ。だから、着替え持って来いって言ったんだ」

「まぁ、そりゃそうですね……ねぇ、神楽ちゃん、僕、こういう時にどういう顔をしていいのか、分からないよ」

「笑えばいいアル」

「笑うなぁあああああああああ!」

どうして銀時が、芙蓉の体内に居た白血球らと同じ全身白タイツ姿になってしまっているのか、新八には想像もつかなかったし、銀時自身からは一切、説明が無かった。

「そういやぁ、新八。アレ、なんて言ったッけ。ぐにょぐにょのふにゃふにゃの、不定形生物バチルスみてぇな赤ん坊の話」

作務衣に袖を通し、芙蓉を連れて駕篭の後部座席に乗り込んだ銀時が、ふと、そんなことを尋ねた。助手席の神楽が振り向いて、ヘッドレストを抱くような格好で「バチルス? 銀ちゃんもまた、マイナーなの知ってるナ」と、はしゃぐ。

「神楽ちゃん、危ないから、前向いて」

「うっさいヨ、メガネ」

「神楽、危ねぇから前向いておけ」

「ほーい。銀ちゃんがそう言うんだったら、そうしてやらなくもないアル」

「ちょ、なに、神楽ちゃん、その待遇の差は」

ドアが閉じられ、神楽が正面に向き直ってシートベルトを締めると、駕篭車が静かに走り出した。数分の間、車内に沈黙が横たわる。

「そういえば、さっきの、なんでしたっけ。スライム? まだドラクエ引きずってるんですか、銀さん」

「全然ちげーよ。いや、分からないんだったらいいけどよ。そういう昔話か、何か」

「赤ん坊って言ってましたよね。神話に出てくる、ヒルコですかね? 最初に生まれた神様の子供だけど、なんか手順を間違えて、手足も骨も無い姿だったから捨てられた、っていう」

「ああ、それか」

「ヒルコがどうしたんですか?」

「なんでもねぇ。なんとなく、だ」

だったら、アダムとイブじゃなくてイザナギとイザナミってところか。そんな神話のようなキレイごとじゃなかったけどな……肌を這い回る粘液質の感触を思いだして、銀時が顔をしかめた。

「ちがいますよ。捨ててはいません、皆、大切な子供です」

芙蓉が静かにそう宣言し、銀時はチッと忌々し気に舌打ちして、視線を窓の外に逃がした。

「へっ? 子供? 銀さんの? たまさん、機械人形なのに?」

「なんでもねぇ。ただの、うまのふんだ」

新八は訳が分からぬまま、二人の顔を見比べる。やがて、フロントガラス越しにスナックお登勢の看板の光と、その隣で煙草を吹かしながら帰りを待っている老女の姿が浮かびあがった。



【後書き】「白血球王×銀時」を何としても読みたい、というAKIさんの執念の末、ついにリクエスト権を予定外に奪われて書くハメになりました。前回の後書き見て、前回のぱんどーらの時も同じ流れだと気付きました……畜生。
書いている本人があまりにも萌えなかったので、最近こればっかだなと思いつつ「銀時×芙蓉」要素を投下。芙蓉かわいいよ芙蓉。
某SNS内先行公開(後半部):2008年08月24日
サイト収録:同年09月04日
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