当小説には、残虐で猟奇的な要素を含みます。
閲覧は、くれぐれも自己責任でお願い致します。

月光と紅い雫


熟睡していたところを、髪の毛を引っ張られて目が醒めた。反射的にその無礼者を振り払おうとして、自分に片腕が無いことを思い出す。
いや、腕があったところで、その手は掠りもしなかっただろう。月明かりに照らされてニコニコと阿伏兎を見下ろしていたのは、神威だった。

「んだよ、団長。眠れないのか?」

「阿伏兎、髪伸ばしたらいいのに」

「は?」

唐突な台詞に、何か聞き違えたのだろうかと思ったが、神威は同じ言葉を繰り返した。

「髪? 悪いねぇ。せっかく伸ばしても、片手じゃ編むこともできねぇよ」

「両手があった頃から、自分じゃ編んでなかったじゃないか」

「そういえばそうだったな」

嫌なことを思い出させやがる、と阿伏兎は顔をしかめる。

「だから、代わりに俺が編んであげるっていうのに」

「アンタに頼むのは御免だ。いつ寝首をかかれるか分かったもんじゃねぇ」

「ひどいなぁ。まだ怒ってるの? あれから何年も経ってるのに」

神威は布団の端をめくると、隣に身体を滑りこませる。若い肌身の体臭が、ふわりと鼻腔をくすぐる。

「そうだな、あれから何年も経ったんだな」

阿伏兎がボソリと呟いた。



* * * * *



「どうやら俺らは見殺しにされたようですね」

皆が薄々感付いてはいたが、敢えて口には出さなかったその事実を、その若造はヌケヌケと口にした。

「使うだけ使い倒しておいて、今度は夜兎の能力に怯えて処分を謀った、と。偉い人は発想が違うねぇ。だったら、最初から春雨の方についておけば良かったかな」

「無駄口叩いてると、体力を消耗するぜ」

そこは、ただでさえ過酷な環境であった。灼熱の砂漠地帯、陽の光はじりじりと生命を削りとっていく。特に部隊の紅一点の姫沙羅鬼は傘を支える力も残っていないのか、阿伏兎に寄り添い日除け代わりにしている。水を分けてやろうにも、とうに水筒は空だ。地面にへばりついている草をむしって口許にやると、日頃は理知的な女戦士だった筈が、あどけない仕草で赤ん坊のように吸い付いてきた。青臭い匂いがして美味いものではなかろうが、僅かでも水分が補給できるだろう。

「補給部隊も駐屯地も嘘っぱちなら……人が住んでいるドーム都市は100里は先だな。そこまで辿りつけばなんとかなる」

「俺達を日干しにしようとした連中だ。そりゃあもう熱烈な歓迎をしてくれるだろうねぇ」

「その礼は返してやらないと。問題はそれまで保つかってことだな。1日30里ちょいで3日か」

阿伏兎の視線がちらりと姫沙羅鬼に流れた。

「兎の1匹でも捉えられたら、多分、なんとかなるんだろうがな。汗で水分だけでなく塩分も失っているから、生き血を飲むんだ。それから脂。動くエネルギーになるからな。脳髄なんかは、ほとんどの成分が水と脂なんだぜ。肝臓は栄養の宝庫だ。それだけありゃあ、3夜強行軍して、ドーム都市の虫ケラを蹴散らせるだろうよ」

「なるほど、なるほど」

「分かったら、夜まで寝てろ、若造。夜になりゃ、陽を避けて潜んでいた獣が出てくるだろうし、出てこなくても行軍はする」

阿伏兎はそう言うと、若造に背を向けた。



結局、その夜に兎鍋にありつくことはできなかった。姫沙羅鬼は歩き続ける体力がなく、阿伏兎が背負った。仲間だからという大義もあったが、これが男なら簡単に切り捨てていただろう。戦力というだけでなく、数がめっきり減った夜兎族の、しかも純血の女は貴重だったからだ。

「女は将来、強い子を産んでくれるかもしれないからな」

己の鎧に宿った夜露を姫沙羅鬼に舐めさせながら、阿武兎が言い訳のように呟いたその言葉に、若造は何も答えなかった。
代わりに「もし、ここに旅人が通りがかったら、アンタどうする?」と尋ねた。

「どうもこうも無いな。簡単なクイズさ。運が悪かったと天を恨むか、弱い己を呪うか。答えがどっちでも、そいつは身ぐるみ剥がされた挙げ句に、俺らの胃袋に入る」

「そいつは酷いねぇ」

「固いことを言うなよ、たかがクイズだろ?」

予定の行程の半分にも達しないうちに母恒星が昇り始め、じりじりと肌を焼き始める。姫沙羅鬼を背負っていた影響は否定できない。一人、また一人と、仲間が重い鎧や空の背負い袋を捨てていたのを、阿伏兎は見て見ぬふりをした。日中の暑さをしのぐはずの傘すら手放した馬鹿もいたが、身軽になったそいつらの方が、ともすると遅れがちだった。

「とても3日じゃ無理だね」

「そうだな。このペースじゃ10日あっても着くかどうか」

「じゃあ、もしあいつらが力尽きて死んだら、アンタどうする?」

「弱肉強食さ。それで俺らが生き延びることができりゃ、無駄死にゃならねぇ」

「理屈だね」

「固いことを言うなよ。10人も居れば1人くらいくたばるヤツも出るだろうさ」

華奢な身体のどこにそんな体力を蓄えているのか、若造の足取りは誰よりもしっかりしていた。いや、顔が見えぬほどきっちりと布を全身に巻くことで、陽光による消耗や肌からの水分の蒸発を防いでいるのだろう。

「そろそろ休もう。砂を掘れば少しは冷たい層が出てくる筈だし、それを盛り上げれば日陰が作れる。熱い砂の上に座りたくないヤツは手伝え」

だが、手伝わなくても姫沙羅鬼が一番冷たい場所に座ることについて、文句を言う仲間は居なかった。




それからさらに数日が過ぎた。落伍者こそ出なかったものの、星や母恒星の位置から計算する1日あたりの行軍距離は短くなる一方で、このままではとてもゴールに辿りつけるとは思えなかった。
せめて兎の1匹、いや、誰かが犠牲になれば。その血を飲ませることができれば、背負うごとに衰えていく姫沙羅鬼も助けられるに違いない。
砂の壁に背をもたれた阿伏兎は、暑さに朦朧としながらそんなことを考えていた。誰かが犠牲になれば、と。

不意に、くんっと髪が引っ張られて、我に返る。見下ろすと、姫沙羅鬼が阿伏兎の弁髪を掴んでいた。

「編み直してくれるのか?」

こくんと姫沙羅鬼の首が揺れる。
そういえば、この星に向かう前のベースキャンプで汗を流して以来、髪の手入れなどはしていなかった。座りなおして背中を向けると、姫沙羅鬼は阿伏兎の髪を解き、懐ろから櫛を取り出して梳き始める。砂がパラパラと落ちる音がして、髪の脂で何度も櫛が引っ掛かった。阿伏兎はそのたびに「痛い、抜ける、禿げる」と文句を言い、姫沙羅鬼がころころと笑う。そういえば、姫沙羅鬼の笑い声を聞いたのも久しぶりだった。

「やっぱり、オマエが編んでくれるのが一番だなぁ」

編みあがった弁髪をつまんで、出来栄えを眺める。だが、礼を言おうと見下ろしたときには、姫沙羅鬼はそれで力を使い果たしたのか、阿伏兎の膝に頭をこてんと落として眠ってしまった。その寝顔を眺め、やや艶を失くしてしまった姫沙羅鬼の頬を撫でる。唇が乾いてひび割れているのが哀れだった。肌身が触れて暑いどころか、周囲の気温が高すぎるせいで、むしろひんやりと感じるほどだ。その心地好さに、阿伏兎も意識を失うように眠りに引き込まれた。






砂漠の寒暖差は激しい。
だがその晩、阿武兎が跳ね起きたのは、単に冷気のせいだけではなかった。姫沙羅鬼が居ない。一人で歩き回る体力など無い筈だった。

周囲を見回すと、なぜか煙が一条、立ち昇っている。誰かが煮炊きでもしているのだろうか? 不審がりながら近づいてみると、あの若造が鉄冑を鍋の代わりにして、何かを煮ていた。

「兎か? 狐か?」

「落伍者さ」

「そうか、ついに出たか。この状況じゃある程度の犠牲は仕方ないな。姫沙羅鬼を呼んでくる。あのバカ、こんな時にどこに行ったんだか」

「いるよ」

阿伏兎の動きが止まった。若造が何を言っているのか、一瞬理解できなかった。

「姫沙羅鬼がいる、だと?」

「そうさ、ここにいる」

若造が平然と鍋を指差した。赤い汁の中で、内臓がくたくたに煮えている。

「生き血はそのままじゃ飲みにくかったんでね。でも、脳と肝臓は入れた。確かに、一口ごとに力が漲る気がするよ」

頭の中が真っ白になった阿伏兎であったが、我に返ったときには、その胸倉を掴んでいた。

「貴様ッ!」

「この状況じゃある程度の犠牲は仕方ないんだろう?」

「なっ……」

「水分と塩分の補給に血を、エネルギーには脂を。肝臓は栄養の宝庫だと。それだけじゃない。人間を食べるどころか、力尽きた仲間を食べることすら、アンタは否定しなかった。あの女はもう死に体だった。このままでは共倒れだ」

「だからって、寄りに寄って姫沙羅鬼を……!」

「固いこと言うなよ。弱肉強食さ。10人も居れば1人くらいくたばるヤツも出るだろうさ。これで俺たちが生き延びることが出来たら、無駄死にじゃない。これ全部、アンタが言っていたことだろう?」

若造の声は淡々としていた。阿伏兎は呆然としていたが、やがてその手を離し、ぺたりと砂の上に座り込んだ。さすがに胸元をねじ上げられて息が詰まったのか、若造が軽く咳き込む。

「それに、アンタが一番に駆けつけてくれて、正直ホッとしている。これは、アンタに食わせてやるべきだろうと思ってんだ」

呼吸が整うと、若造はそう言って鍋に向き直った。傘の骨を削って作ったらしい即席の箸で、なにやら白っぽい臓器を拾い上げる。それは小ぶりなレモンほどの大きさで、形も似ている。

「それは?」

阿伏兎は辛うじて衝撃から立ち直りかけていた。
確かにショックではあったが、ここで彼をぶん殴ったところで姫沙羅鬼が生き返る訳ではないことぐらい、理解していた。ならば、これを食らって生き延びてやろう。そう思考を切り替えるのは、戦闘種族である夜兎にとってそう難しいことではなかった。
だが、その回答は阿伏兎を再び打ちのめした。

「アンタの子供だよ」

「えっ?」

「アンタの子供だ。だから、これを食う権利はアンタにある」

知らなかった。
確かに言われてみれば、姫沙羅鬼の消耗の仕方は尋常ではなかった。いつもの行軍なら、多少は遅れをとったとしても、ここまでバテたりはしない。もちろん、純潔の夜兎族の弱点である陽光を浴び続けたことのダメージもあるだろう。だが、それに加えて身重であったとすれば、あの異常なまでの衰弱も説明がつく。

「親孝行ないい子だね。親殺しをするどころか、アンタを助けたんだ」

若造はそう呟くと、目許と頭部を覆っていた包帯を外した。思っていたよりも幼い顔が現れた。女性と言っても通じそうな、端正な顔立ちをしている。視線が合うと、若造はにっこりと笑った。

「オマエ、よくこんな状況で笑えるな」

「赤ちゃんもあの女も、アンタの血肉になってこれからずっと一緒に居られるんだ。幸せなことじゃないか」

その口元や両手が血塗れなのを認識した次の瞬間、阿伏兎の中で何かが弾けた。




「どうして怒るんだい? 笑ってあげないと、赤ちゃんが可哀想だよ」




おっとりとしたその声に我に返る。阿伏兎の剣は若造が己を防ごうとした左掌を貫いて、喉元に切っ先が届きそうになっていた。

「トドメを刺すなら刺しなよ。ついでに俺も煮て食えばいい。死に損ないの女よりも、よっぽど栄養があるはずさ」

だが、阿伏兎は剣を引いていた。夜兎族が闘いの中で観念することなどあり得ない。刺そうとすれば必然的に、腹に食い込んだ若造の右拳が腸を引き千切って抵抗してくるだろう。そうなれば相討ちは避けられない。隊長である阿伏兎を失えば、統率の取れなくなった部隊は多分、全滅する。まさに無駄死ではないか。

「殺さないの?」

「犠牲は1人あれば十分だ。いや、1人半、か」

「アンタは本当に甘いね」

若造が阿伏兎の腰を、骨も折れよとばかりに蹴り上げた。右の拳にばかり気を取られていたが、拳よりも蹴りの方が強いのは自明の理だ。阿伏兎の身体は吹き飛ばされた。落ちた先が柔らかい砂地だったとはいえ、背中をモロに打った衝撃は大きく、阿伏兎はしばらく動けなくなり、若造は鍋の汁と掌の傷を替わりばんこに舐めながら、阿伏兎の回復を待った。
やがて、阿伏兎がよろよろと起き上がるのと見届けて、ボソリと「本当にいい子だよ。親殺しをし損ねて家を飛び出した俺とは、大違いさ」と呟く。

「親殺し?」

それは、もうとうに廃れている夜兎族の風習の筈だった。目の前の若造の倍近く生きている阿伏兎だってそんな古臭いことはしていないし、周囲で聞いたこともない。その唐突な告白に、阿伏兎は先程までの怒りを忘れた。

「オマエ、そんなことをしでかしたのか」

「親父は宇宙最強と言われた男だった。だから、そいつを殺せば、俺が最強になれると思ったんだ」

「宇宙最強……?」

「海坊主。えいりあんハンターの。有名らしいから、名前ぐらいは聞いたことあるだろう?」





それが、神威だった。




すっかり逆らう気力もなくなった阿伏兎の前に、神威が近寄ってその掌を取ると、闘っている間に程よい温度になった子袋を載せる。

「家族がずっと一緒に居られるんだ。こういう形じゃないと、そんなことあり得ないだろう? 俺ら夜兎には」

もっと違う感慨があるかと思っていたが、その温みと汁気を感じて込み上げてきたのは、意外なことに食欲だった。口に放り込む。噛むほどに、生命力と殺意が全身に漲っていくのを、阿武兎は感じた。

「ドーム都市まで、あと何里だ?」

「さぁ? 今までダラダラ歩いてたからね。あと40里ぐらいかなぁ?」

「全員にこれを食わせて、すぐに出立する」

幸い、呼びつけなくても、美味しそうな鍋の匂いと2人の闘いの凄まじさに、皆、遠巻きにしながら固唾を飲んでいた。その鍋の中身が何だったのかは、改めて説明する必要もなかったろう。神威はにっこり笑うと、飢えた仲間をまるで犬猫でも呼ぶように手招きした。
それから少しくの間、血と脂を啜る音だけが、星が降って来そうな砂漠の夜にしばらく響いていた。

「よし、食ったな? 行くぞ。明日の朝には、ドームの連中を皆殺しにしてやる」

「ねぇ、考えてたんだけど、そこに辿りつくまではなんとかなるとしても、朝一番はやめようよ、俺らが疲れちゃう」

神威はそう言うと、鍋からやや離れた位置に積んでいた棒状のものを指差した。

「ついでだから、お弁当も持っていこう。近くまで辿りついたら、こいつを齧って腹を膨らませて、それからにしようよ。言うだろう?『腹が減っては、戦さができぬ』って」

『お弁当』が女の手足であることに、もう阿伏兎は驚かなかった。



* * * * *



「あの時の阿伏兎は怖かったな。本当に街ひとつ皆殺しにしちゃうんだもん。同族はろくに殺せないくせに」

「あれ、団長さんでも『怖い』なんて感情があったんだ?」

「阿伏兎の髪、真っ黒だった筈なのに、あの襲撃の間にすっかり色が抜けちゃって。戦場ではそういうこともあるってハナシ聞いたことがあるけど、実際に目の当たりにしたのは初めてだったからね」

「一度は冷静になったつもりだったんだが、やっぱりあらぁ、ショックだったんだろうねぇ。誰かさんと違って、俺ァデリケートに出来てんだよ。でも、その働きがあるから、春雨だって俺らを拾ってくれたんだろ?」

「働きっていうか……アレ脅迫じゃん。受け入れてくれなかったら、テメーラもこーいうふうにブッ殺すって」

「そうだっけか? 固いこと言うなよ」

だが、そこで第七師団長に就任したのは、神威だった。
阿伏兎は神威と直接やり合った感触と、街を潰した時の働きぶりから、とてもこの若造には勝てないと悟って辞退したのだ。一方で、神威は「あの時、俺らが生き延びたのは、アンタの知恵があったからだ。アンタは甘いからそれを実行できなかったけれど。つまり、俺らはそういう役割分担がいいと思うんだ」と、阿伏兎に参謀的な役割を求めた。結局、あの頃の部下は春雨としての激しい任務の中で1人散り2人散りし、最後に残った云業も神威と鳳仙の交戦を停めようとして死んだ。
そう考えると、あそこで姫沙羅鬼を食らってまでして生き延びた意味はあったのだろうかと、虚しくなる。女と我が子を血肉にしたといえば美談のようだが、食らったものは結局、糞になるだけではないか。

確かなことは、少なくとも神威と阿伏兎は生き残ってるということ。そして、阿伏兎は髪を伸ばすのをやめたということだ。

「で? どうして唐突にそんなハナシを? あの花魁と薄汚いガキの親子愛を見て、少しは俺んとこのんも哀れんでくれたのかい」

「まさか」

あまりにもサラリと言い捨てられ、阿伏兎はズッコケそうになる。
確かに、この青年にそんな人並みの情緒や感情など期待するべくもない。まさかの一言で片付けられ、軽んじられたのは花魁とガキか、食ってしまった胎児のことか、阿伏兎は確認する気にもならなかった。

「アンタが髪を伸ばしたら、編んであげようって思っただけだよ」

「悪いな。そいつぁ、いくら団長の頼みでもきけねぇ」

「だったら、ケツ貸して」

「はぁ?」

阿伏兎の残っている側の腕を勝手に枕にして寝ているくせに、神威はそんなとんでもない発言をしてケロリとしていた。

「なんだ、催したのか」

「編ませてくれるんだったら、ケツは勘弁してあげる」

あの女に編ませるのが一番なんだ、と答えようとして、阿伏兎は女の名前をど忘れしていることに気付いた。そうだ、もう何年も経っているし、過去を振り返ることもなくなっているから。
だから、その代わりに「団長にケツをお貸しします」と言うと、ごろりとうつ伏せに寝転がった。

「そんなに俺に髪を編ませるのが、嫌なんだ?」

しかし、そう拗ねてみせた神威も別に嫉妬などという感情を含んでいるわけでもなく、ただ、じゃれてそう言ってみただけのようであった。その証拠に「あーあ。俺も夜兎の女とヤってみたかったなぁ。俺が知ってる夜兎の女って、その他にはお袋と妹だけだもん。それ以外の種族の女ってさ、すぐに壊れちゃって」などとボヤいている。

「お前さんの扱いが乱暴なんだ」

「だって、そうじゃないと気持ちよくならないんだもん」

神威は阿伏兎の上に跨がると、背中から夜着を引き剥がした。月光に阿伏兎の古傷だらけの肩が浮かび上がる。神威は舌舐めずりをすると、渾身の力を顎に込めて、その肌に噛みついた。


(了)

【後書き】吉原編で「団長の顔がちらついて」と阿伏兎が口走ったシーンを見てから、ずっと書きたいと思っていたストーリーです。ネタがネタだし、あまり需要のないCPなので、ずっと書くのを遠慮していたのですが、やっぱり我慢できなくて。書き始めたら止まらずに、一気呵成に仕上がりました。
某SNS先行初出:09年04月20日
当サイト掲載:同月21日
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