くりすますろーず
クリスマスだというのに、熱が出た。
日頃の不摂生が祟っているのかもしれないが、こういう時に限って新八は寺門通のクリスマスライブとやらに行きやがったし、神楽はお妙がゴリラに貢がせた、ピン子のディナーショウのチケットに便乗しやがったし、天井裏のストーカーも殺しの仕事が入りでもしたのか気配が無いしで、一人きりだ。
いや、別にクリスマスだからどうということもないのだが。大体、どこの星の偉い人か知らないヒトの誕生日だといっても、この日はエロとペトラッシュがルーベンツの絵の前で死んだんじゃなかったけ? ヘンに浮かれてねぇで、喪に服せってんだ。喪に……と、八ツ当たり気味に毒づいていても、熱が下がるわけじゃない。
仕方ないから、たまにでも看病してもらうか……と、携帯電話を拾い上げてアドレスを呼び出す。軽快な電子音に続いて「あいよ」と出て来た声は別人のものであった。
「バッ……ババァッ!? なんで糞ババーが出んだよ!」
「銀時。この携帯、アンタがたまに買ってやったのかい。見たことないのを持ってるねぇと思ったら……たまを呼び出すのならお断りだよ。今、店は忙しいんだ」
そりゃあ、そうでしょうとも。クリスマスといえば、掻き入れ時でしょうとも。だったら、どうしたものか……銀時はがっくり脱力して通話を切った。
そして、こんな夜に限って訪れるヤツにろくなのがいやしない。
「銀さん、悪いね。ちょっとカネ貸してくんね? パチンコで有り金スッちまってさ。千円でいいんだ。すぐに倍にして返すから」
居留守を使っているつもりなのに、しつこくチャイムを鳴らすのに根負けして、ずるずると這うように玄関まで出迎えたら、そこに居たのはサングラスに顎ヒゲの『丸でダメなオッさん=マダオ』こと長谷川だった。
「倍にして返すアテがあるんなら、そもそも借りる必要ねぇだろ」
「いや、とりあえずタネ銭ってゆーか、軍資金ってのがいるっしょ。アレ、銀さん風邪? だったら俺が、銀さんの分も稼いで来てあげるからさ。パチンコで、だけど。なぁ、頼むよ。クリスマスイベントで甘釘設定なんだよ」
「テメェはどこのシャイロックですか。フツーこんな状態の病人からカネ毟ろうとするか?」
「だから、倍にして返すって言ってんじゃん」
朦朧としているせいで面倒くさくなって『持ってけドロボー』と啖呵を切ってしまいそうになるが、そこは辛うじて踏み止まる。千円程度の余裕が無い訳じゃないが、ここで『貸す』というのは限りなく『あげる』に近い。何か金目のモノを質草に……って、そんなもんはとっくに本人が換金してやがるか。
「しかたねぇ。千円貸してやるからグラサン置いてけ。二千円持ってきたら、返してやるわ」
「ちょ、なにそれ! グラサンは俺の魂だよ? トレードマークだよ? しかもなに、その悪徳闇金もビックリの超金利!」
「倍にして返してくれるんだろ? ほれ、グラサン置いてけ」
「友達だろう、なぁ、銀さん。つれねぇこと言うなよ。ほら、クリスマスプレゼントだと思って」
「思わねぇ。友情にイロとカネが絡むと、ロクなことがねぇからな」
「せめて千円五百……いや、千三百円、かな」
「勝手にしろ」
ガラクタのようなグラサンを受け取り、懐の紙入れから紙幣を一枚抜き出して押し付けて、追い出す。がっくり疲れた銀時は、そのまま三和土にしゃがみ込んだ。凄まじい寒気が背筋を覆い、布団に戻らねばとは思うのだが、身体が思うように動かない。
そのままの姿勢で唸っていると、再び玄関扉の前に人の気配が生じた。
「銀時。リーダーに聞いたぞ。風邪らしいな。見舞いに来てやったぞ」
その声を聞いて、全身の疲労物質が当社比130%アップぐらいに跳ね上がった。
「なんだ、ヅラか」
ガラガラと扉を開けて現れたのは、旧友にして指名手配犯の爆弾魔テロリスト・桂小太郎であった。すっかり彼の相棒と化している白くてのっぺりした宇宙生物(というより多分、中にオッさんが入っている)エリザベスは、今日は一緒では無いらしい。
「ヅラではない。ヅラ子だ」
そう宣言したのは、彼が女装をしていたからだろう。
攘夷戦争時代に白フンの西郷として恐れられ、今はかぶき町の四天王の一人として君臨している西郷特盛の店『かまっ娘クラブ』で強制的に働かされて以来、新しい自分に目覚めたのか、実入りの良さに他のバイトがバカバカしくなったのか、今でもたまにオカマに扮して働いているようなのだが。
「私生活までオカマになったのか、ヅラ。そろそろ真面目にテロ活動しろや、このダメ攘夷志士が」
「オカマではない。新妻だ」
「ワケのわかんねーこと言うな。熱が上がるだろうが」
実際、寒気だけでなく頭痛もひどくなってきたような気がする。倒れ込みそうになるところを、ぐいと腕を掴まれて引き上げられた。銀時よりもひと回り細い身体が脇の下に滑り込み、肩を貸す形になる。
「寝室は、奥だな」
攘夷戦争時代は、こうやって肩を貸しあうこともあったよな……とボンヤリ考えている間に、引きずられるようにして布団まで辿り着いた。
「少し寝ていろ、銀時。粥でも作ってやる」
「すまねぇな。こういうときはやっぱ、長い付き合いっていいもんだな」
しみじみ呟いて、目を閉じ……ようとした銀時であったが、思い掛けないものを目にして「はぁ?」と喚いて跳ね起きていた。
「ちょ、なんで服を脱いでるんだ、ヅラ!」
「ヅラではない、新妻だ。新妻といえば、裸エプロンではないか」
「おおよそいらねぇ! なんだってテメェの汚ねぇケツ見せつけられなきゃなんねぇんだ! 風邪が悪化するわ!」
「汚いとは失敬な。ちゃんと風呂に入ってきたぞ? もちろん“中”も洗浄して……」
「いらねぇえええええええええっ!」
「いらなくはないだろう。汗をかけば熱も下がるというし。あ、体調が悪くて勃たないなら、俺がそっちをするのもヤブサカではないぞ?」
前言撤回。やっぱりコイツはロクなヤツじゃない。
長い黒髪をかき上げ、頬に落ちる一筋をすくい取って肩に払いながら、裸エプロン姿の桂がにじにじと銀時に迫ろうとする。ぶん殴って逃げたいところだが全身がだるくて思うように身体が動かず、そのまま押しつぶされそうになったところで、三たび玄関のチャイムが鳴った。
「ちっ」
しかし、それでも律儀に応対に出ようとする辺り、桂はバカがつくほどの真面目人間なのだろう。銀時はホッと胸を撫で下ろす。
どこの誰かは知らないが、それが何かの集金であろうと新聞の勧誘であろうと、今だけは感謝したい。
「旦那ぁ? 山崎です。ちーと頼みごとがあって来たんすけどぉ」
「万事屋。いねぇのか、不用心だな。鍵開けっ放しで」
これまた前言撤回。
攘夷志士と真選組が鉢合わせるなんて、ドメストとサンポールを混ぜるようなもんだ。予想される修羅場にウンザリして、銀時は頭から布団をかぶった。
「うわっ、テメェ、なんだその格好! 猥褻物陳列罪だぜ?」
「ふーむ。チンは並んでいるが、猥褻物じゃない。新妻の嗜みだ」
「てゆーか副長、これ、桂小太郎じゃ……!」
「んだと? おいコラ桂、おとなしくお縄を頂戴しやがれ!」
「むう、バレては致し方ない」
次の瞬間に生じた、布団越しにでも聞こえる大音響と凄まじい圧力は、桂が逃走のために爆弾を炸裂させたからに違いない。数拍後、布団から恐る恐る顔を出した銀時の視界に入ったのは、雪景色と見まごうばかりに視界が真っ白になるほど舞っている砂塵と、二階部分がすっかり吹き飛んで見晴らしが良くなってしまった我が家であった。
健康体でもシンドイ師走の夜露に濡れながら、病身をせんべい布団一枚に包んで寒さに震えていると、枕元に誰かが立つ気配があった。
顔を上げてみると、そこに居たのは『たま』……芙蓉零號であった。
「お二階で大きな音がしましたので、差し入れも兼ねて様子を見て来るように、お登勢様に命じられました」
楚々とした少女の姿をしているが、機械人形なので表情はどこか固い。その両手にはお盆が掲げられていた。
「差し入れは嬉しいんだけど……その前に部屋、なんとかしてぇんだが……まぁ、オメェに言ってもしかたねぇな」
この、野ざらしの状態で飯を食えというのだろうか。
まずは部屋が全壊しているのに驚くとか、風邪をひいてるのなら看病しましょうかとか、一階に移りますかなどと言ってほしいものだが。だが所詮、機械人形の頭脳では『見ろ』『差し入れを持っていけ』という指令だけでは、それ以上のリアクションができないのかもしれない。
「で? 料理って何?」
「今日は、苦しみますとかいう日だと聞きました。この日は鳥を食べて祝うとのことでしたので、鳥料理を見繕ってみました」
芙蓉が枕元に膝をついたので、銀時も起き上がる。
ちったぁ気がきくじゃねぇかと思った矢先、盆の中身をのぞき込んだ銀時は呆然とした。
「えーと。これって……鳥料理?」
「はい」
こっくりと真顔で頷いた芙蓉が差し出したのは、チキンラーメンに親子丼、焼き鳥、つくね串であった。コップを満たす琥珀色の液体が鶏ガラエキスなのは、生臭い匂いで分かった。
「鳥です」
「……鳥だな」
「おかしかったでしょうか?」
おかしいと言われれば、どれもこれも確かに鳥肉料理であることに間違いは無いが、クリスマス料理としてはおかしいうえに、病床で食べるにしてはしんどいメニューばかりだ。
「悪いが、腹は減ってねぇんだ。これはその……置いといてくれや。後で食う」
「畏まりました」
「まぁ、クリスマスってぇ言っても、鳥だけじゃなくてさ。ケーキとかツリーとか、他にも色々あるんだぜ」
「ツリー?」
「ああ、知らねぇのか。ぴかぴか光る飾りだよ。クリスマスっていやぁ、そーいう飾りがあちこちに……それよか、俺、熱があるんだけどさぁ……看病とかしてくんね?」
「看病? 具体的には何をすれば良いのでしょうか? 熱があるということは、冷やせば良いのですか?」
「まぁ、そんなところだな」
冷えピタと、口当たりのいいデザートでも買って来てもらおうかと、枕元まで散乱している柱や壁の残骸をかき分けて財布を探す。ようやく紙入れを見つけて紙幣を抜き出し「おい、ちぃとコレで……」と、声をかけた銀時の口が、ポカンと開いた。
芙蓉がドライアイスをいっぱいに詰めたバケツを持って、そこに立っていた。
ぷつ、と音がしたような気がした。
まったく、どいつもこいつも人の気もしらねぇで勝手なことしやがってこちとら風邪ひいてしんどいってぇ寝てるだけなのに一体おれがなにをしたっていうんだいちいちツッコむこっちの身にもなりやがれまったくクリスマスだかなんだかしらねぇがよのなかがうかれまくっているのにおれだけこんなめにあってじょうだんじゃねぇよなんだよおれにうらみでもあるのかよころすならころしやがれこんちくしょーこのやくたたず!
一気に吐き出すと息が切れた。頭の中が真っ白で、自分が何に怒って何を喚いたのかも覚えていない。芙蓉の胸倉を掴んでいたのも自覚は無かった。ただ、芙蓉は無表情に突っ立って、揺さぶられるままに揺さぶられていた。
「銀時様、水分を取られた方がいいと思います。お水を持ってまいります」
数拍の沈黙の後に発せられた合成声は、淡々としていた。
これが生身の女なら、怒鳴られた勢いに怯えて泣き出していたに違いない。いっそ、泣いてくれた方が、楽だったかもしれない。芙蓉はぎくしゃくした機械的な動きで銀時の手首を掴むと、機械の馬鹿力で己の胸から引き剥がした。気が抜けてへなへなと銀時が座り込むのを見届けると、バケツをそのままに階段を降りていった。
「今のは、銀さんが悪いと思いますよ」
気付けば、コンサートから帰って来たのであろう新八が居た。
「何があったのか知りませんけど……それに、また家を派手に壊して……当分、僕んちに泊まりますか?」
「あ、ああ」
「姉上の看病とかは期待できませんけど……雨露しのぐぐらいなら、できますから」
さすが万事屋のメンバー、よく心得てるよ。地味でツッコミしかできない眼鏡だと思っていたけど、こういう時に常識的な意見が言えるなんて、オマエは本当はやればできる子だと銀さん思ってたんだ……と、ホロリときかかったところで「ダメよ、新ちゃん」という冷たい声が割り込んで来た。
「女性にあんな態度をとる方は、サムライの風上にも置けません。もちろん、風下もダメです。ましてや、志村家の敷居をまたぐなんて言語道断」
「銀ちゃん、見損なったアル。DVする男は最低アル」
どうやら、ディナーショーに行っていたふたりも、ちょうど今、帰って来たところらしい。
「いや、姉上、ちょっとそれは可哀想でしょ。健康な状態でもこのままじゃ凍えちゃいますよ」
「そうね。じゃあ、ゴリラストーカーと一緒に、天井か床下でも」
「それもちょっと……というか、居るんですか、近藤さんうちの天井か床下に居るんですか、居ることがデフォなんですか、あの人!」
「天井も床下もダメというのなら、うちにDV男を収容するスペースはありません。さぁ、新ちゃん、神楽ちゃん、帰りましょう?」
お妙の笑顔は柔和だが、瞳の底は冷えきっていた。
あれは狩る目だ、間違いない。銀時はそれ以上追いすがる気力も出ずに、片手をヒラヒラと振ってみせた。
「じゃあ、あの、銀さん、気をつけて」
「お、おう」
三人を見送ってがっくりとうなだれていると、瓦礫の下からもそりと何かが動いた。そういえば定春……と思いだしたのと同時に、巨大な白犬が瓦礫を押し退けて姿を現した。頭の上にこたつの残骸を乗せたまま『あああああ』と、大きなあくびをする。どうやらこの犬、あの猛烈な爆発の中でも悠然と居眠りをしていたらしい。
「わふ」
「定春、ちとこっち来い」
「わん」
「いでで……咬むな咬むな……いいから、ここに伏せ」
お約束で頭に噛みついてきたのをなんとか振り払うと、布団の横に座らせた。いわば巨大な毛むくじゃらの湯たんぽみたいなものだ。多少ケモノ臭いが、これなら少しは暖がとれるかもしれない。背中を定春に預けるように寄り掛かった姿勢で布団をかぶって、ようやくひと心地ついた頃に「銀時様」と声をかけられた。
そういえば、水持って来てくれるって言ってたなと、視線をあげる。
そこに立って居た芙蓉は、なぜか肩や胸元に、クリスマスツリーの飾りでよく見かける金銀のモールをかけていた。いや、確かアレは、お登勢の店の飾りではなかったか。
「くるしみますといえば、ピカピカの飾りだとおっしゃっていましたので、樹にかかっていたのを借りてきました」
いや、そもそも樹にかけておくモノなんだけどね……と思いつつも、なんとか銀時の機嫌をとろうと機械人形なりに必死に考えた結果なのだろうと思うと、苦笑が漏れた。髪にもカラフルな珠をかんざしに絡めてブラ下げている。どうせならケーキの方が良かったんだけどなと思わなくもないが、よく考えればこの体調でケーキなんぞ食べたら、ソッコーで吐くに決まっている。
コップの水を受け取って、すする。
どうせ水道の水だろうが、かなり長いこと何も口にしていなかったせいか、胃の腑に染みた。
「ごっそさん」
全部飲み切ることはできず、そのままコップを返そうと思ったが、ふとその水を、先ほどのドライアイスのバケツにブチまけてみた。たちまち冷たい白煙がもうもうと立ちのぼり、バケツから溢れて床に広がりはじめる。芙蓉にとっては未知の反応だったらしく、それを解析しようとしてか、それを凝視してカチカチと電子音を鳴らしていた。
「この煙は、二酸化炭素なのですね」
「おう、ちぃとホワイトクリスマスふうだろ」
「ちーとわいとくるくるまわりますふー?」
「ああ、いい。別に無理に覚えなくても。それよか……」
手招きをすると、するすると歩み寄って来た。
膝をついて、密着せんばかりに近付いた芙蓉の白い人造肌に、夜の明かりに照らされてモールの輝きや飾り珠の色が移り込んでいる。
「……きれいだな」
「本当ですか? これで、少しはお役に立てましたか?」
「そうだな。少しは、クリスマスっぽいかな」
ちらっと背後の定春が気になったが、吸い寄せられるように芙蓉の襟元に触れていた。機械人形独特の冷たくて妙に弾力のある肌が、熱を帯びた指には心地よかった。
「これで、冷やしてくれたらいいや」
ぽふ、と胸元に額を押し付ける。
普通の女なら『すけべぇ!』と平手のひとつも食らうところだが、芙蓉はその行為の意味が分かっているのかいないのか、表情を変えることもなく、おとなしく抱きつかれるままになっていた。
「気持ちいいですか、銀時様」
「おう……定春はぬくいし、おめぇは冷てぇし」
「良かった」
芙蓉が銀時の頭を撫でる。
どっちにしろ、このままではこじらせて病院送りになるだろうことは確実だろうと思われたが、もう少しの間はこうしていたいと思っていた。それは、単に芙蓉の機械の身体が冷たくて気持ちいいというだけの理由ではない。
「銀時様、汗、かいてらっしゃいますね」
「あ? ああ、着替えさせてくれや」
「畏まりました」
銀時がすり寄ったせいで、すっかり着物の前がはだけて胸乳が露わになった芙蓉が、その格好のまま銀時の着物を脱がせてやろうとする。その時に。
「ちょおおおおおおおおおおおおおっ! なっ、何してるんですかぁぁあああ!」
喚いたのは、新八であった。
「せっかく姉上を説得して、銀さんをうちに泊めてもいいってことになったから迎えに来たのに、アンタ、ひとが居ない間に何やってんだぁあああああ!」
「銀時様が汗をかいたので、着替えをしようとしていました」
「汗かいたって何だ、アンタ何してたんだよ!」
「何って何もしてねぇよ。汗ぐれぇ出るだろうが。熱あるんだからよ」
「だったら、なんでたまさんがそんな格好なんだ! なにそれ、プレイ? クリスマスツリープレイ!?」
確かにそう言われてみれば、そう見えなくもない。
芙蓉は、新八が喚いている言葉を理解できずに、小鳥のようにキョトンとしている。
「アンタ熱があって寝てたんだったら、少しは自重しろよ! いいです、そのままイチャコラして、凍えていてください。知りません、もう」
「ちょ、ぱっつぁん、誤解だ。泊めてよ、このままじゃ銀さん、エロとペトラッシュの二の舞いだよ!」
「そうだよ、たま。そろそろお店に戻ってきてくれないと、困るじゃないか」
「げっ、ババアッ!」
二階が吹っ飛んだことに関しては、もう半ば諦めの域に達しているらしいが、それでも眉間に老い以上の深い皺を刻んでいる理由は。
「銀時。アンタ、たまに何してくれんだイ。あの携帯は没収だからね」
単なる店の看板娘としてだけではなく、まるで自分の娘のように可愛がっている芙蓉に、グータラのロクデナシが手を出そうとしていたせいだろう。
「まったく。アタシもね、人様の好いた腫れたに野暮いうつもりもないけどさ、クリスマスだからって浮かれてサカってんじゃないよ。今日は喜劇王チョップリンの命日だよ。喪にでも服しておけっていうんだイ」
あれ? それ、俺が最初に思ってた台詞じゃね?
なんで同じこと言われてんだろ、俺?
理不尽なものを感じながらも、新八に促されて定春の背中に跨がった。ようやく人間らしい環境に戻れるのかと思うと気が抜けたのか、今さらのようにゾクッと悪寒がする。
「じゃあ、お登勢さん、僕ら帰ります。明日にでも銀さん病院に連れていきます」
「ああ、そうしておやり。ついでにその無駄に元気なタマも抜いて貰いな」
二人の会話がやけに遠くで聞こえる。
うとうとしかかる重たいまぶたの隙間から、芙蓉の髪飾りが月明かりを反射して輝いているのだけが、鮮やかに見えていた。
(了)
【後書き】クリスマス企画として書きあげました。
まず「銀時がクリスマスに熱を出して倒れている」という出だしのみ先行公開していたら「たまちゃんエンドで」というリクエストを頂きましたので、その路線で進めてみました。銀時と芙蓉のカップルが大好きです。
最初は「せっかく機械人形なんだから、発光ダイオードでも身体に埋めて、ぴかぴか人間ネオンサインをさせようか」とも思ったのですが、それはちょっとやりすぎ感溢れるので、没にしました。
タイトルにしたクリスマスローズ(キンポウゲ科の常緑多年草)の花言葉は『私の心を慰めて』『誹謗、スキャンダル』。
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