収納は上向きに〜真選組動乱<ブリーフ>編


真選組・監察方の山崎退と篠原進之進の仲は、隊内でも有名だ。ふたりがデキているというのではない。その逆で、土方十四郎を巡る恋のライバルの上に、性格的にも相性がどうにも悪いらしい。
本来なら、ふたりの上司でもある土方が仲裁に入るべきなのだろうが、そもそも身辺整理が下手な己が原因なだけに「頼むから仲良くしてくれ」と言うしかない。ただでさえ「死ねよ土方」と絡んで来る沖田総悟の猛攻に手を焼いているのだから、こいつらの面倒までみる余裕など無い、というのも実情だろう。




ともあれ、そんな頃の屯所でのオハナシ。




「んだと?」

風呂に入ろうと、着替えを詰めた行李をのぞき込んだ土方が、ふと呟いた。
替えの下着がまだ一枚残ってる筈なのだが、見当たらない。このところ雨が続いてたし、部屋干しは見苦しいうえに匂いがつくので、ぎりぎりまで後回しにしていたのだ。ラストがあるからと、昨日まで履いてた分をついさっき、洗濯に出してしまった。
いま履いているヤツを裏返して、もう一日粘るという奥の手もあるが。いや、絶対に数がおかしい。

「ザキ、俺のパンツ知らねぇか?」

「もっさり綿ブリーフ、色は白」

「いや、特徴を聞いてるんじゃねぇ。一枚足りねぇんだが」

「そうなんですか? パンツが無いなら、俺が贈ったセクシー下着、履いてください」

「あんなヒラヒラしたもん履けるか。はみ出るわボケ。ザキ、明日の朝一番で、洗い上がったの取りに行ってくれや」

もしかしたら自分の記憶違いかもしれない。とりあえず今は裏返すしかないと諦めて、土方は手拭いだけ拾いあげて部屋を出る。
残された山崎はしばらく何か考えていたが、ボソッと「多分、あの野郎だ。未練がましい真似しやがって。あいつがやったんだったら、俺だって」と呟いていた。




それから数日後。土方はさらに一枚、下着が減っているのに気付いた。戻ってきたのを数えて確認しておいたのだから、今回は間違いない。

自分の部屋は執務室を兼ねているから、隊士らが書類を提出しに来るなどして、人の出入りは確かに多い。しかし、下着の行李をわざわざ押し入れから引っ張り出してパンツ(それも新品ではなく中古品)を盗むなんて、純然たる害意か性質の悪い変態かのどちらかに違いない。そして、どちらも少なからず心当たりがあるだけに厄介だ。

行李を前に唸っていると、書類の束を抱えて篠原が入ってきた。文机にファイルを置くと「どうされました?」と尋ね、そっとすり寄って黒目がちな瞳で、じっと土方を見上げる。
どっかの消費者金融のCMでこんなの有ったな、アレは子犬かナンかだったかな。そういえば最近、山崎に付きまとわれっぱなしで、コイツに触れてやる機会がなかったなと思い出して「まあ、大したことじゃねぇんだがな」と囁きながら、篠原の頭を撫でてやる。

「大したことって……その行李……下着……ですか?」

「あン? まあな。なんかよ、下着ドロっつか、パンツが一枚減ってんだよな」

「ザキじゃないですか? アイツ頭オカシイから、副長のパンツかぶってハァハァとか、してそうじゃないですか」

「まあ、確かにアイツならやりかねんが」

そこでフォローして貰えないどころかサラッと肯定されてしまう辺り、土方の山崎に対する日頃の扱いが透けて見えるが、前回の山崎とのやりとりを思い返すと、犯人と決めつけるのも早計かもしれない。

「もしザキが犯人なら、前回パンツが減ってると聞かされた時、多少はうろたえてキョドっただろうが、全く素だったからな」

「そうなんですか? でもアイツの十八番は、化け調ですよ? 嘘をついて演技するのが仕事なんですから」

「そうかも知れんが、俺に対しては嘘をつくことはない筈だ」

「ずいぶんとアレを買ってらしてるんですね。そんなにあのアホ面がいいんですか?」

声色にうっすら恨みを含んで、篠原が僅かに視線をそらす。それに気付いた土方は、苦笑しながら「すねるなよ」と囁いて軽く抱き寄せた。

「そんなんでゴマ化されませんからね」

篠原が小さく肩を震わせてその身体を強ばらせるが、土方は頓着しなかった。




その後。平隊士が共同生活を営む大部屋に戻った篠原は、山崎本人が外出中で、他の連中も室内に居ないことを確認してから、薄いゴム皮膜の手袋を填めて山崎の私物入れの行李を探した。柳で編まれたその箱の蓋には一応、南京鍵がかかっていたが、この手の鍵は(一般にはあまり知られていないが)鍵穴をピッキングするまでもなく、一部をある方向に向けて金槌で叩けば衝撃でロックが外れて、つるの部分が浮き、あっさり開くのだ。
無論、大概の鍵を破るぐらいの技術は、少なくとも監察方なら誰もが仕込まれているのだから、屯所内でのそれ以上のセキュリティはあまり意味がないのも事実だが。

行李を開けて、念のために、山崎本人以外が触ると発動するようなブービートラップが仕掛けられていないことを確認すると、誰かが戻ってくる前にと手早く中身を検分する。詰め込まれているのは潜入捜査の変装用衣装や小道具がほとんどだったが、二重底に気付いてめくってみると、土方の隠し撮りらしい写真が何枚かと訳の分からないガラクタ(多分、土方コレクション)に紛れて、白い綿ブリーフが発掘された。

「やっぱり、あのバカ犬じゃないか」

この場に土方を呼んで、この行李を見せつけてやろうかとも思ったが、他人の荷物を漁るような卑怯な行為を咎められて、土方に嫌われても困ると考え直す。しかし、このまま見逃すのも癪だし……やがて、ふと何かを考え付いてそのブリーフを取り出すと、こっそり自分の隊服のポケットに押し込んだ。




真選組・監察方の詰め所で来週の勤務シフトなんぞを見ながら、いつサボれるかをチェックしていた尾形鈍太郎は、さっき提出したばかりなのに、もう朱を入れられまくっている報告書と、パッケージも開いていない新品の綿ブリーフを目の前に放り出されて、キョトンとした。

「なんすか、篠原さん、コレ」

「書き直し」

「いや、報告書は分かりますが、このパンツ」

「ブリーフ」

「それは見たら分かりますが」

「ニ、三日履いてから、返して」

「は? 篠原さん、そんな趣味が?」

「無いよ」

「じゃあ、なんで」

「新品だとバレるし、俺が履くのもイヤだし」

「バレるって何すか。俺だってイヤですよ。こんなもっさりブリーフ。副長じゃあるまいし」

「いいから履いて。絶対、周囲には履いてるの知られるなよ。それと、これ口外したらオマエ殺すから」

伊東派だったのをわざわざ引き抜いてまで可愛がられていた名残りか、素の性格はこんなものなのか、あるいは土方を奪われつつあることに対する八つ当たりなのか、篠原はかなり横暴な口調で後輩にそう命令した。尾形はかなり渋々ながらパンツを受け取り「そりゃ、俺だってこんなの履いてるって知られたくはないですけど……今、履き替えるんですか?」と、情けない声で確認する。

「うん。このまま出して置くのもマズいし。心配しなくても、おまえの着替えには興味ないし」

そう言って、篠原はくるりと背を向けると、自分のデスクについて他の書類のチェックを始める。
他に誰も見てないとは言え、職場でパンツを、それも、もっさり白ブリーフに履き替えろなんて、イジメですかセクハラですかこれなんてエロゲーですかと、半べそ状態になりながらも逆らえずに、尾形はスラックスとトランクスを脱いだ。

「でも俺、ブリーフなんて履いたことな……あれ、コレ、どっちに向けたらいいんだろ?」

「どっちにって何を?」

「いや、ナニの収納を。ほら、トランクスなら右に向けるとか、左に向けるとか、あるじゃないですか。大抵は左側らしいですけど」

ナニって何……と、怪訝そうに振り向いた篠原は、ゲッと悲鳴をあげる。

「ちょっ、おまっ、そんな汚いもの見せるなっ!」

「汚いって、篠原さんにだって、篠原さんが好きな副長にだって、ついてるモンじゃないすかぁっ!」

「それはそうだけど、なんか、他人のはイヤだ」

「理不尽ですっ! で、副長がどうやって収納してたか、覚えてません?」

不意に、篠原の握っていた赤ボールペンが、ボキッと折れた。ギョッとして顔色を伺うと、引き攣った笑顔で「覚えてるか、だって? そうだねぇ、忘れそうなぐらい、トンとご無沙汰だよ」と返された。

「あ、いや、そういう皮肉をいうつもりじゃなかったんです、その、副長はどうだったかなぁって、篠原さんだったら知ってるんだろうな、って」

慌ててフォローした尾形だったが、また今週も篠原のサンドバッグにされる運命は、免れそうになかった。




苦行のような(そして薄氷を踏むような)三日間を終え、尾形が使用済みパンツを提出すると、篠原は自分で頼んだくせに嫌そうな表情で「オマエの履いたパンツなんて触りたくないから、そこに引っ掛けておいて」と言った。
そこってどこ? と見れば、篠原のデスクの横には、見覚えのあるバトミントンラケットが立て掛けてある。ミントンといえば、その柄の部分を染め抜いて記してあるその名前を確認するまでもなく。

「これ、山崎さんのラケットじゃないですか」

「そうだけど、何か?」

「いえ、なんでもないです」

なんとなく篠原が何を考えているかは見当がついたが、それで少しは彼の気が晴れて、自分を虐める手がゆるむのならいいやと、尾形は自分を無理矢理納得させた。

それから数刻後。副長室に戻った土方は、何やらごそごそしている山崎を発見する。
まぁたテメェはひとの部屋に居座ってるのかと怒鳴るより一瞬早く、振り向いた山崎が「副長ぉ、俺のラケット、知りません?」と、甘ったれた声で尋ねた。

「知るか」

「おかしいなぁ。最近、俺、副長室に泊ること多いから、ラケットもこっちに置いてた筈なのに」

「見てねぇ。つか、ここはおめぇの部屋じゃねぇぞ」

「だって、俺と副長はもう、夫婦みたいなモンじゃないですか。それに、部屋を空けたらアンタ、誰を引っ張り込むか分からないし」

「誰が夫婦だボケが。私物まとめて、さっさと大部屋戻れや」

そう罵りながらも、結局は探し物に付き合ってやるあたり、土方も口先では山崎をウザがっているものの、少なからず憎からずは思っているのかもしれない。

「大体、おめぇの荷物は、こっちの部屋じゃなくて、控えの間のここいらに固めて……あるじゃねぇか……って、なんだこらぁ……俺のパンツ……!?」

隣室の押し入れを開け放ち、その奥に立て掛けてあるラケットを発見した土方が固まり、その声に驚いて駆けつけた山崎が「え? あ……なんでここにっ!? ちゃんと隠してあったのにっ!」と喚く。
そのラケットは、フレーム部分に白ブリーフをかぶった、まるで変態仮面のような姿をしていたのだ。山崎は慌てて、大部屋から持ち出していた行李を引っぱり出し、二重底をめくる。

「確かここに……無い……ということは、本当にアレが……?」

「ちゃんと隠してあった、だぁ?」

土方の顔が引き攣る。
その射るような視線を受けて、山崎の顔もみるみる青ざめた。

「あ、しまった……だ、だって、アレ盗んだのって絶対に篠原ですよっ! だから、俺も一枚ぐらい貰っていいかなぁ……って!」

「んなわけあるか、ボケッ!」

手に取れば、見覚えのあるブランド名に同じサイズ。それも、使用した痕跡があるあたり、確かに自分のものに違いないと思い込んだ土方は、カッとしてそのラケットを掴むと、山崎の脳天目がけて振り下ろした。




ばき。




「ああああああああああああっ! 俺のラケットぉおおおおおおおおおお!」

ラケットは脆くも柄がぽっきりと折れ、土方も一瞬呆然としたが、すぐに「てめぇが変態なマネをすっからだ。天誅だ、天誅」と吐き捨てた。

「ちょ、これ、誰かが加工してますよ、ほら、ここ。だって、ラケットがこんな簡単に折れるわけないっすもん」

「誰かって誰だよ」

「篠原じゃないですか? 副長取られて、俺を恨んでるから」

「ちょっと待て。取られたって、俺がいつ、てめぇのモンになったんだ」

「俺と出会ってからです」

「ふざけんな、寝言は寝て言えっ! 大体なんだ、その写真っ! 盗み撮りかテメェ!」

「だって、副長成分が足りないんですっ!」

「コラ待て、逃げるな、殴らせろっ!」

そして猫とネズミよろしく、すっかり屯所名物となった追い駆けっこが、なんとも賑やかに始まったのであった。




その騒動に『ざまぁみろ』とは思ったが、ちょっとは篠原の気が晴れたのかといえば、そうでもない。
そこまでされても、結局は一発殴れば「ったく、しょーもねぇヤツだ」で片付けて、またあのアホを傍らに置き続けるのだろう。

あのひとも、所詮はその程度の男だったのかな。

戦利品として大切に保管するつもりだった白ブリーフだったが、なんだか急に虚しくなって屯所裏のゴミ焼却炉に放り捨てた篠原は、背後の気配にギョッとして振り向いた。

「い、伊東先生!? ご無沙汰してます」

「ああ、篠原君か」

元は同門であり、土方とは不倶戴天の仲でもある参謀・伊東鴨太郎が猫缶片手に立っていたのだ。多分、この辺りをうろついている野良猫に、餌でもやりに来たのだろう。
幸い、伊東はブリーフには気付かなかったようで「土方君のところでは元気にやっているのかね」などと、普通に話しかけてくる。

「はぁ、まぁ、元気……なんですかね、一応」

「そうかね? 君はあんな男のもとで埋もれてしまうには勿体ないと思うがね。嫌になったら、いつでも戻ってきたまえ」

伊東は、旧友への思いやりのつもりで声をかけたのだが、篠原はその言葉に緊張の糸が途切れたような気がして、ほろほろと泣き出してしまった。

「え? どうした、篠原君?」

お硬い伊東は、そんな篠原をどう扱っていいのか分からず、ただオロオロと立ちすくむばかりだった。




戻って来た篠原が妙にサッパリした表情をしているのを見て、尾形は「首尾よくいったみたいですね」と声をかけた。篠原は一瞬、何について言われたのか分からなかったらしく視線を宙にやったが、しばらくして「ああ、アレね」と呟いた。

「それにしても副長のブリーフ、一枚は山崎さんが盗んだとして、もう一枚は誰だったでしょうかねぇ。他に、副長に懸想してるストーカーでも居るんでしょうかね」

「さぁ。なんかもう、ブリーフはどうでもいいけど」

例え、このまま土方を諦めてしまったとしても……あのアホはいっぺんマジで殺してやらなきゃ気が済みそうにないなと呟いて、篠原はデスクに腰をおろした。積んである書類を一枚ぺらりとなにげなく摘まみ上げ、篠原の表情が微かに揺れる。
それは、尾張から上方への長期出張の許可を求める、伊東が出した陳情書であった。




ちなみに、沖田の『土方呪詛用グッズ』のコレクションから、一枚の中古白ブリーフが発見されたのは、それから数カ月後。伊東の反乱制圧後、伊東派についた隊士に対する事情聴取の一環として、私物の検分が行われた際のことであった。




(了)

【後書き】ハルさんが描いてくれた『真選組動乱裏編』の右上のコマから派生したオハナシです。そこから発展というかエスカレートして、当ページ挿し絵の『パンツラケットを手にする篠原』のイラストが誕生。それを補完するストーリーとして、当小説を書き下ろしてみました。

なお、尾形鈍太郎(史実では尾形俊太郎)は、当サイトのオリジナルキャラです。ご了承ください。


※おまけ漫画を、ハルさんが書いてくれました→こちら
初出:08年03月03日
追記:同月04日
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