最終武装定義/下
数日後。山崎が満面の笑みを浮かべて差し出した箱に、土方は眉をひそめた。
プレゼント? 俺の誕生日なんざ、とうに過ぎ去ってんぞ? しかもその、お中元のおかきぐらいの大きさの紙箱は、妙に軽い。松平のおやっさんが「土産だ」と言ってよこす厄介な書類の束だって、もう少し重量がある。
「んだ、コレ」
「俺のささやかな気持ちです」
土方は、わざわざ仕事の手を止めると、包装紙を剥いで箱を開いてみた。そこには色とりどりの布切れが詰っており……何かと思えば、全て男性用下着(白ブリーフ除く)であった。
「これが、おめぇの気持ち?」
「最終武装兵器です」
「は?」
「つまり、押し倒して脱がせた時にも、副長には是非ともセクシーであって欲しいという、ささやか、かつ切実な俺のお願いです」
「なっ……誰がセクシーだっ! なにが押し倒して脱がせた時だっ!」
カッとした土方が、文机をばーんと蹴りあげた。いわゆる卓袱台アタックである。
「ちょっと、折角きれいにした書類ぶちまけないでくださいよっ!! もう、照れ屋さンなんですから、副長は」
ぶわっと部屋中に舞った紙吹雪に山崎が悲鳴に似た声をあげる。
「うるせぇっ! なにが照れ屋さンだっ……ちくしょう、これ、てめぇが片付けておけっ!」
「副長横暴! パワハラ反対!」
「やかましいっ!」
土方は、いつものように怒鳴って刀の柄に手を伸ばしかけるが、ふと思い出したように「そこも含めて惚れたんだろ、俺に」と、珍しく気のきいたことを口走りながら、ニヤッと笑ってみせた。その表情も惚れ惚れするぐらい艶っぽいのだから、理不尽にも程が有る。
「うっ」
山崎は図星なだけに何もいえない。我がままで横暴でもっさり白ブリーフの上に、他に何人愛人がいるのやら知れない尻の軽さ……それら数々の負の面を補って余りある土方の美貌と、その容姿にアッサリほだされ続けている己が憎い。
「ふん。まぁ、そういうこった。これ、てめぇが片付けておけよ?」
土方は、足元に散った書類を拾い上げると、さらにバサバサと山崎の頭上に降らせてやった。
どこまでイジメッコなんですか、あんたオトナゲないにも程がありますよ……と情けない気分になりながらも、紙切れを拾い始め、ふと、目が止まる。
「ちっと待ってください、何ですか、この書類は。白いじゃないですかっ」
「白い? ああ、それな。上に提出してもどうせ通らないから、そのまま出す」
「そのままって、アータ。何もやってねぇって戻されるのがオチですよ」
「やっても戻って来るんだ。労力の無駄だ」
めくら判すら押されていない中途半端な書類。そこには隊士の待遇改善要求書とか、ボーナスカット反対などの文字が踊っているのが、ちらりと目に入った。
「何すか、これ」
「ん? 何って中間管理職の悲哀ってヤツだな」
土方はしれっとして答えるが、山崎の肩は本気でワナワナを震えている。
「これこそ、ちゃんと処理してもらわないと駄目な書類じゃないですかっ! 俺がいつまでも薄給なのも、その要望書をちゃんと処理してくれない副長のせいだったんですね」
「俺のせいじゃねぇだろ。大体、どんなに必死こいてこんな書類作っても、上の連中は見ちゃいねぇよ。上のカネはあっちに吸い取られてんだ」
土方は涼しげな顔で、天井を指さした。
幕府の上の連中は、もう下々のことなんて何にも考えてはいない。天人にいいように食い物にされて、犯罪組織のような連中とも癒着が進んで。正直、将軍様をお守りする気があるのかすら怪しいものだ。まして汚れ役を押し付けられる捨て駒のような真選組の隊士の待遇改善なんて。
しかし、そう説明しても当の隊士本人らにしてみれば、生活もかかっているから、ハイそうですかと納得できないだろうことも理解できる。まさに中間管理職の悲哀ではないか。
「……大体、薄給と言っても、てめぇにゃ機密費としていくらか渡してあるだろうが。トンボ眼鏡ダマくらかして、なんとかやりくりしろイ」
トンボ眼鏡とは、勘定方の河合亀三郎のことである。
「ダマくらかしてどうにかするものが、あなたのマヨ代になってるって、気付いてます?」
アンタの日々のマヨネーズのストックを揃えるのに、どんだけ俺が自腹を切っていることか。
土方が望む時にスッとマヨネーズや煙草の箱を差し出すのは、土方は当然のことだと思っているかもしれないが、実際には、山崎の愛情と小遣いをふんだんに注ぎ込んで成し遂げられる、地道な努力の成果なのだ。だが、そんな血を吐くような山崎の激白も、この冷酷非情な上司は「んなもん知るか。自腹を切ってくれなんて頼んだ覚えはねぇ。恩着せがましいヤツめ。大体、マヨ代は必要経費だ」などとサラッとかわしてしまう。
「じゃあ、俺のミントンのガット代も必要経費で」
「大体、マヨだけじゃねぇ、煙草は福利厚生、ライターは文具代、酒は交際費」などと指折り数えていた土方が、ふと眉をあげて「……ヲイ。ミントンは仕事には関係ねぇだろうが。何が悲しくて、んなしょっちゅう、ラケット突き破ってンだ?」などとトボけるが、もちろん、ラケットなんて、土方が山崎をぶん殴るついでに蹴破ったり放り投げたりしなければ、そうそう壊れるものではない。
「高給取りのくせに、そんだけ経費で落としてんですね、アンタ。ってか、ライターは文具じやないですよ。燃料費ですかね?」
山崎はラケットの件でツッコみを入れる以前に、土方が挙げた“必要経費”とやらに、苦笑するしか無い。
「燃料費は光熱費の課目に入るから、ちょっとカテゴリーが違うなと思って、一度そっと試したら、通った。狙い目はトンボ眼鏡が締めで忙しくなる月末だ。近藤さんは、キャバクラのツケを交際費で落とそうとして、ハネられてたがな」
「……副長」
「なんとかとハサミは使いよう、だろ」
ここまで居直られると、もう怒る気力もなくなる。せいぜい「いいのかこんな上司で、いいのか警察機構」と皮肉るのが精一杯の抵抗だ。
「別に、ヤクザと癒着して私服を肥やしてるとか、押収物を裏でさばいてるとか、そういうことをしてるわけじゃねぇんだから、可愛いもんじゃねぇか」
「じゃあこれもついでに、うまくやってくださいよ。厚生費あたりで落ちませんか?」
山崎が財布から領収証を取り出す。土方はそれを受け取って、不審そうに片眉をあげた。
「なんだそら……ボクサーブリーフ? メンズビキニだのメンズショーツだの……何枚あるんだ。でもまぁ、機密費の変装用衣装として、トンボ眼鏡に出したらいいじゃねぇか。いつものように」
「俺んじゃないんで……自分のなら、もっと安いの買いますよ」
「プレゼントか何かか? こんな妙にたっかいパンツ」
「えぇ、プレゼントですよ。コレなんですが」
先ほど土方に放り出されたパンツの箱を拾い上げて、山崎が示した。
「バカやろう! なんだって、そんなチャラついたパンツの代金を、国民の皆様の血税で賄わなくちゃいけねぇんだ!」
繰り出した右ストレートが見事に顔面に入り、山崎の身体が吹っ飛んだ。唐紙の障子にぶち当たり、バリバリと賑やかな音を立てて、廊下に転がり出る。
「おーい。バカ犬コノヤロー、生きてやがるか?」
そこに突っ立っていたのは、沖田であった。沖田も、お中元のおかきのようなサイズの紙箱を手にしている。
「いだだだ……はい、なんとか」
「ち。つまらねぇ。きちっと死ねよ。目障りだから」
なにせ、沖田は根がドSな上に、相手は恋仇なのだ。
起き上がろうとした山崎の後頭部にためらいなく踵落としを入れ、ふらついたところで髪を掴むと、鳩尾に数発、膝蹴りをキメた。悲鳴も出ずにバタリと倒れ、身を折って激しく咳き込む姿には目もくれず、ニコッと笑みを作ると「土方さぁん。パンツ買ってきやした」と言い放った。
こちらも、性根が極悪なくせに笑顔だけはあどけなく愛らしい美少年に見えるのが、なんとも卑怯というか詐欺というか。
「パンツぅ!? てめーもか。そんで何か? てめーも経費で落とせとか抜かすんじゃねーだろうな」
「心配いりやせん。俺の場合、土方さんのパンツごときを経費で落とそうだなんて、そんな姑息なこたぁ、考えてませんや。俺はきっちりと、土方さんの給料から差っ引いてくれるように、勘定方に言いやしたぜ」
「そっ……総悟ぉおおおお!」
「土方さん、経費ってぇのは即ち、公金だ。国民の皆様から頂いた血税ですぜい。そいつをパンツに充てようなんざぁ、アンタ、なんてケツの穴が小さいんだ」
「ケツの穴は関係ねぇだろ! つか、俺がいつそれを経費で落とすと言ったァ!」
「なに真っ赤になってやがんですか。比喩ですぜ、比喩。まぁ、確かに最近は小さいどころか、どこぞのバカ犬引っ張り込んでるせいか、緩んで来てるような気がしやすが」
「おいイイイイイイイ! だからケツは関係ねぇっつってんだろ、バカヤロウ! つか、てめっ自分で払え! なんだって俺が頼みもしねぇパンツの代金を払わなくちゃいけねぇんだ!」
「やーん。土方コノヤローの税金ドロボー」
「……てめっ、抜けぇえええええっ!」
おちょくられて逆上した土方が、鬼の形相で鞘を払ってそう喚いても、剣の腕に自信のある沖田は、ケロッとしたものだ。
「土方さん、昼日中からそんなにサカってどうしやした? 抜けだなんて、大胆発言。ようがす、今夜、しっぽり抜いてさしあげやしょう」
「だっ、誰がそっちを抜けと言ったぁ! その竹光を抜けと言ってるんだよっ!」
武士の魂である愛刀を竹光呼ばわりされては、さすがの沖田も整った眉をピクリと動かした。本来『竹光』とは竹製の刀の意であるが、なまくら刀を揶揄する語でもあるのだ。
「竹光かどーか、試してみやすかイ?」
すらりと抜いた沖田の愛刀が、昼下がりの陽を吸って、ぬめっと鈍く光る。
やや自己流が入っているのか、放浪時代に複数の流儀を覚えたせいか、かすかに構えが歪んでいる土方に対し、沖田が正眼に構えた姿は(日頃の不謹慎な態度からは想像もつかないぐらい)教書のお手本のように整っており、美しい。
「参る!」
靴も履かぬまま中庭にまろび出て、斬りあいを始めてしまったのを、山崎はキョトンと見送るしかない。つまり結局これって……パンツ代を土方さんが払うのを、うやむやにされただけなんじゃないだろうか。
だが、このチャンスを逃す山崎ではない。そっと箪笥の引き出しのもっさり白ブリーフを没収すると、買い込んだセクシーパンツと入れ替えた。
一仕事終えると、さて白ブリーフをどうしたものかと悩む。見るたびにこちらの「萌え」を一瞬にして「萎え」に叩き落としてくれる最凶武装兵器ではあるが、いざ捨てるとなると急に惜しくなった。
なにせ、あの土方の尻を、ナニを、日夜包み込んでいた代物だ。もちろん洗濯されている訳だから、土方の体臭など残っている由もないのだが、それでも洗いたての柔らかい綿地に、頬ずりのひとつもしたくなるような……別に俺は、下着フェチでもなんでもない筈なんだけど。
いや、その、古紙回収んときとかに、ボロ布引き取ってくれることってあるよな。そのときに出せばいいよ。それまで預かっておくことにするといいよ。そうそう、ただの普通ゴミに出してしまうよりもね、リサイクル、リサイクル。俺って地球にやさしい!……土方さんのもっさりが一体どういう形で循環するのか、知らないけどね。あまり考えたくないけどね……ともあれ、空箱にソレをぎゅうぎゅう詰め込むと、大部屋に戻って自分の私物入れである行李に放り込む。
さらに食堂でお茶でも飲んで、一服してから副長室に戻ったのだが、土方と沖田はまだ中庭でチャンチャンバラバラしていた。終わったら、冷たい茶でもいれろと言い付けられるに違いない。それを待つ間にと、山崎は麦茶の薬缶とグラスを用意し、さらに散らばった書類だのなんだのを揃えて、代行できそうな書類は処理する。当然ながら、ボーナスカット反対の書類に、副長印をクッキリはっきり押しておいた。やがて、どう決着がついたものだか(単に勝負がつかずに、くたびれ果てただけなのか)、土方が戻って来る。
案の定、土方は「ありがとう」とも「ご苦労様」とも言わず、さも当たり前のように麦茶のグラスを掴むと、一気に飲み干した。
「ふーっ。汗かいた……ひとっ風呂浴びてくらぁ。着替え、着替え……ん? オイ、山崎ィ。俺のパンツどっかやったか?」
「え、引き出しに入ってますよ」
山崎は内心ギクッとしつつも、あくまでも平静を装って言い放つ。
「いや、引き出しん中、俺んじゃねぇのが入ってるんだけど」
「だからそれ、副長のですって」
「……冗談にしては、面白くねぇぞ?」
土方が『俺んじゃねぇの』を一枚、汚らしいものでも触るような手付きで摘み上げると、ひらひらと振ってみせる。それは沖田の趣味と思しき黒ラメの紐ショーツであった。
「本気ですが? 今日から、それ履いてくださいな。だって、あれば履くんでしょ? 先日そう言ってたじゃないですか」
「確かに言った。武士に二言は無い。だが断る。男児たるもの、こんな浮わッついた女々しいモン履けるか。オイ、ここにあったヤツ、どこにやった?」
「浮ついたものって。ボクサーパンツもあるじゃないですか。ブリーフがお好みでしたら、カラーブリーフもありますよ」
「これじゃねぇんだよ。赤だの青だの、妙な色しやがって。武士なら潔く白だ、白……おい、そんでここに入ってた俺のんは、どこにやった」
「……だから、取り替えましたって」
「取り替えたのは分かった。で、取り替えられたモンは、どこにあるって尋ねてるンだ……まさか……」
おもむろに立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
「副長、どちらに?」
「大部屋」
「ぎく……何でそんなところにっ」
「なんとなく……だ。まさかとは思うが、てめぇならやりかねん」
山崎に流し目をよこすように睨むと、ガラッとふすまを蹴り開け、廊下に出る。土方のその色っぽい目つきに一瞬見とれていた山崎であったが、我に返ると「まさか、何だって言うんですか」と喚きながら、慌てて後を追った。
「おう、てめぇはそこで待ってろ。多分、すぐ戻る……抜刀してな」
『抜刀してな』という言葉に、山崎は土方が何を想像して、誰を疑っているのかを瞬時に察した。そしてそれは、少なからず正解なわけで。
「うわぁぁぁぁっ」
山崎は、どたどたと駆け出して土方を追い抜き、大部屋に逃げ込んだ。平隊士が集団で畳の上に煎餅布団を敷いて雑魚寝している、文字通りの『大部屋』だ。
「……こらっ、てめっ……やっぱりかっ!」
逃げられたら追いかける野生動物の本能で、土方が後を追う。
「きのせいですぅぅぅぅぅぅっっ!!」
土方が思いきり大部屋のふすまを蹴破って「御用改めだゴルァ!」と喚いた。
まだ昼間のため殆どの隊士が仕事に出ているが、薄汚ない鯉のぼり、もとい非番の連中が数名パンツ一丁で転がっており、それらが突然の鬼の副長の襲来に目を丸くしていた。
「てめぇら、そのまま動くなッ!……もちろん、山崎もそのまま、だ。なに隠してやがる?」
だが、当の山崎はこそこそと行李を抱えて、反対側のふすまからそろーっと逃げ出そうとしていた。
「だから、動くなと言ってるッ!」
カッとして、いつ鯉口を斬ったのか自覚がない。雪崩れ込むように部屋を横切ると、鞘を払った刀を振り下ろし、ふすまごと山崎の背中に斬り付ける。バサッと派手な音がしたが、手応えは軽かった。
「ち。仕留め損ねたか」
本気で胴ごと薙ぎ払う気満々だったのか、土方は真顔で舌打ちする。
「ぎゃあああああ!」
危うくかわした山崎であったが、なぜか荷物になるはずの行李はしっかり抱えたままで、廊下を全力疾走していく。誰がどう見ても、あの行李は怪しい。
「てめっ、こらっ……」
追いかけようとした土方は、ふと、大部屋で固まっている連中に振り返ると「悪ィ、邪魔したなっ!」言い捨てる。猫とネズミの追いかけっこよろしく、嵐のように駆けさったふたりの背中を見送り、その姿に何を思ったのか、原田が「なにアレ。痴話喧嘩? やっぱり仲いいよなぁ……ザキちゃんすっかり、あっち側の人だよ」と、がっくり呟いた。
そこに沖田がひょっこりと顔を出して「なんの騒ぎでイ?」と尋ねれば、部屋中の空気が凍りついてしまう。
大部屋の皆様ごめんなさいごめんなさい、と内心で謝りつつ、山崎は屯所の敷地内の土蔵に逃げ込んだ。木を隠すには森の中とばかりに、問題の行李を荷物の山に紛れ込ませ、自分もこそこそと隠れる。
一方の土方は、一瞬獲物を見失い、裸足のまま中庭に降りてキョロキョロしていたが、ふと、土蔵が目についた。「ここか」と、抜き身の刀を片手にだらりと下げたまま、歩み寄る。
「副長、危険物持ってるし」
蹴って殴って嬲ってぐらいなら『いつものこと』だが、真剣はまずい。
沖田と違って、土方とまともに応戦するほどの技量はないのだ。自分程度の腕では(例えミントンラケットではなく、ちゃんと刀を使ったとしても)一方的に斬られて死ぬ。確実に死ぬ。
さすがに悪戯が過ぎたかとブルッと悪寒が走るが、その震えで物音を立てて発見されては、元も子もない。必死で自分の肩を抱くようにして、震えを堪えようとした。
「薄暗ぇな……」
土方は、刀を鞘に収めると、代わりに懐からライターを取り出して、懐中電灯代わりに灯し、土蔵の中を覗き込む。覚悟はしていたが、やっぱりここまでおいでなすった……つい、ビクッと脊髄反射的に反応してしまい、その拍子に身を潜めていた荷物の山が、一気に雪崩れて派手な音を立てた。
「そこか……って、何やってんだ、コラ」
土方はその音にハッと振り向いた。荷物に潰されそうな山崎を発見して呆れるが、助けようとはせず、それどころか歩み寄るや、辛うじて出ている頭を踏みつけた。
「ぎゅう……いたいいたいいたい」
「そんで? さっきは何を隠してやがったんだ? え?」
山崎の後頭部を、さらに踵でぐりぐりぐりする。別に、素足だから容赦ないという訳ではない。鋲の入った革靴でも平気で踏みにじる。土方の山崎に対する平素の扱いは、こんなものであった。
「何でもないですっっ! いたたたたたたたたたたたたた」
「ほーう? じゃあ、何故慌てて隠した? 何故逃げた? ほれ、何でもねぇっていうんなら、見せてみろよ、オラ……根性焼き入れんぞ?」
さらに嬲るように、ライターの炎を目の前にちらつかせる。
「そんなに脅されたら、言うものも言えません」
「何でもねぇっていうんだったら、脅されようが、すかされようが、関係ねぇだろーが。まぁ、てめぇも監察方の端くれ、多少痛めつけたぐれぇで、口を割るたぁ思えねぇがな」
そうは言いつつ、さすがにライターで炙るのはやりすぎかと、ライターを懐にしまう。山崎はホッと胸を撫で下ろした。このまま、あの行李さえ見付からなければ、後は知らぬ存ぜぬで押し切れるかもしれない。
多少は目が慣れ始めていたものの、ライターの火が無くなると、かなり薄暗い。それに、微かに黴の匂いまでしやがる……土方は、なにげなく土蔵の採光窓を開けた。
「うぉっ……まぶし……げっ」
窓からの光が、ちょうど隠してあるものの辺りを照らしていたのだ。吹き込んで来た風で、ホコリがぶわっと舞い上がった。
「うぉ、ひでぇな……去年、大掃除してなかったのか?」
ゲホゲホと軽く咳き込んだ土方であったが、ふと、妙に小奇麗な(しかも、まだ記憶に新しい)行李に目を止め、口許を手でおおったまま、黙って歩み寄る。
「あ……」
「これだな?」
有無を言わさず、行李をこじ開けた土方は、その中身に絶句する。
そこには……土方愛用の白ブリーフが、もっさりと詰まっていたのであった。
「ちょっ、おまっ……マジでっ!?」
「……見つかっちっゃた……何で目敏いんだろう……このひと」
「いや、前からてめーはストーカーっぽいと思ってたが、まさかここまでとは……あり得ねぇな、このヘンタイ野郎ッ……!」
土方は、わなわなと肩を震わせ、一度鞘に収めたはずの刀をズララッと抜いた。
(了)
【後書き】かなり前に北宮さんと企画・合作し、8月2日(ぱんつの日)に間に合わせようとラストスパートをかけたものの、当方の都合(姻戚の通夜)で力尽き、そのまま長いこと放りっぱなしになっていたものです。季節が夏だったので、本格的に寒くなる前に仕上げました。
伯方は、土方は絶対にもっさり白ブリーフ派だと思ってます。だって、パンツとかオシャレに気を配るタイプじゃないよね、絶対。原作(及びアニメ)で土方のパンツが明らかにされるまでは、頑なに主張し続けたいと思います(銀さんもマダオも近藤もトランクスなので、トランクスの可能性が高いですが/笑)。
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