お祝いに甘い口づけを
煙草の匂いが、嫌いだと言いやがる。
そう言われるとかえって意地になるのは、我ながらおとなげないと思うが、多分それは、相手がヅラだから余計にカチンと来るのだと思う。
「煙草が嫌なら、口なんか吸いに来るな」
そう言い捨てて、当てつけるようにスパスパと煙管を吹かすと「それとこれとは別なんだ」と、子犬のようにショボくれてしまう。
「そんなにつれなくするな。せっかく、誕生日ケーキも用意したのに。おまえの居場所が分からなくて、ちと遅れてしまったが」
「それこそ、それとこれとは別な話じゃないか。銀時じゃあるまいし、俺ぁ甘いモンは好かねぇんだ」
「高杉がそう言うと思って、あんまり甘くないのを選んだんだ」
ヅラの風呂敷包みから出てきた箱を開けると、果物が山盛りに乗ったタルトのケーキ……そこまではいい。千歩譲って許してやる。
だが……なんだこれは。
ちょっ、おまっ……!
「なにが『おたんじょうびおめでとう しんすけくん』だ! てめぇ……墓前には何を添えてほしい? ハーバルエッセンスか?」
「それは食い物じゃなく、洗髪用だぞ」
「ああ、てめぇはヅラだから、洗髪の必要がねぇのか」
「ヅラじゃない、桂だ」
ヅラはあくまで真顔でそう言い放つと、俺の抜いた刀を真剣白刃取りにする。
「さて、高杉……おまえでも果物は食えるだろう。メロンのとこは、やる」
いや、別に俺ぁメロンが好きな訳じゃねぇんだが……と思いつつ、寄越してきた皿を受け取っていた。
メロンを指で摘み上げ、ポロポロこぼれるタルトに苦戦しながらもケーキを食べていると、ヅラが「やっぱりメロンは好きなんだな」と勝手に納得し、僧服の袂(たもと)から何かを取り出した。
見れば、紙巻煙草の箱ぐらいの大きさの……お菓子か何かと思ったが、良く見るとやはり、煙草であるらしかった。若草色で、戯画のような画風でメロンの絵が刷られている。
「ぺえるすいーとめろんとかいう銘柄の煙草らしい。珍しいから、買って来た」
「俺は、煙管で吸うから、紙巻煙草なんて吸わねぇぞ」
「まぁ、いいから試してみろ」
仕方なく受け取る。火をつける前の煙草から、既に甘い匂いがしていた。
「お前は煙草が好きで、メロンも好きだから、きっと気に入ると思ったんだ」
「ヅラ。お前、バカだろ。好きなもんと好きなもん足したら、もっと好きなもんできるとかいうのは、ガキの発想だぞ。第一、俺はメロンが好きだなんて、一言も言ってないぞ」
「そうなのか? 食ってたじゃないか」
もう駄目だ。ナニを言っても無駄だ。
大体、これは何なんだ、誕生日プレゼントが煙草一箱か? いや、誕生日プレゼントなんて欲しいわけじゃないが。
それを一本抜いて、唇に挟む。フィルターが舌に触れると、妙に甘ったるかった。
「なんだこれ。砂糖でもついてるのか?」
「さぁ。俺は吸わないから、知らん」
「ふん、そうかい」
火をつける前の異様さとは裏腹に、いざ火を点して吸い込む煙は、やや口当たりは軽いものの、普通の煙草だったので、そのまま吸い続けた。
一本、吸い尽くしたあたりで、唇がやけに甘ったるくなっていた。気のせいかと思ったが、実際に舌で唇を舐めてみても、やはり甘い。
「ヅラ、これ、すっげーあま……」
い、と言いかけた唇が、唇で塞がれていた。歯先で軽く挟まれ、舌でねっとりとねぶられる。
「なっ、てめっ……!」
「なるほど、そのようだな」
しれっと言われると、頭に来る。
「だから俺ァ、甘いモンは好かねぇと言ったろうが。こういうのは、銀時のヤローにでも、くれてやればいいじゃねぇか」
あいつこそ、煙草と甘いもの、好きなもんを足したら、もっと好きなもんができたと悦ぶことだろう。いつまでも子どもの感覚のままで居られる銀時の無神経さが、いらだたしくもあり羨ましくもある。
「まぁ、銀時は喜ぶかもしれないが、あれにくれてやるのは、ちと業腹だな……ふむ。煙草の匂いもするんだな、やっぱり」
確かめるように、もう一度、軽く唇を吸われる。
「これだったら、あまり煙草の匂いがしない接吻ができると思ったんだがなぁ」
「んだそら、ヅラ。てめーそれ単に、自分のためか。てめーが煙草嫌いだからってだけの理由か」
「そうだ。誕生日プレゼントは甘い接吻をと、そう思って準備したのに」
そう堂々と居直られては、怒る気もしない。
「ち。勝手にしろ」
俺がそう言い放って、身体を畳の上に放り出すようにして寝転がると、ヅラは「ではお言葉に甘えて、勝手にさせて貰う」と、さも当然のようにすり寄ってきて、腹の上に覆いかぶさってきた。
「この生臭坊主めが」
「生臭ではない。桂だ」
それから約一刻後。
女将にお迎えが来ていますと告げられて、ヅラと俺とで宿の帳場前まで降りると、あの妙な白い寸胴のオバケがのっそりと突っ立っていた。
「高杉、この宿には、いつまで逗留しているつもりだ?」
草鞋(わらじ)の紐を結びながら、ヅラがそんなことを尋ねる。
「さぁてねぇ。ねぐらを転々としているのは、お互い様だろう?」
一応、指名手配されている身なのだ。次の逢瀬がいつになるのか、そもそも次が存在するのかすら、確たる約束などできはしない。
「おまえが過激な改革を思いとどまって、共に歩む気になってくれたら、俺はいつでもおまえを受け入れるからな」
「なんだそらぁ。スカウトか?」
「いや、プロポーズだ」
俺の手を握ってしれっと言い切ると、我に返ったこっちがぶん殴る前に、ヅラは編み笠をかぶって出て行った。
部屋に戻ると、ケーキの皿を片付けに来ていたらしい来島また子が、不思議そうに緑色の小箱を手にしていた。
「晋助様ァ、これ……晋助様の?」
どうやらあのアホは、例の煙草を置いて帰ったようだ。
「欲しかったらやる」
そう言ってやると、来島は興味深々といった様子で、1本引き抜いて唇に挟んだ。
「甘い……これ、吸ってキスしたら、やっぱり甘いの?」
そういうと、俺に口付けられるのを期待するように、ジッとこちらを見上げてくる。
「いや、煙草は煙草さ」
そう言って、来島の頭をポンと叩いてやっただけで横をすり抜けると、窓の桟に腰をかけて往来を見渡した。
この部屋は三階なので、見晴らしはかなりいい筈なのだが、編み笠からのぞく長い髪どころか、あのやたら目立つ寸胴すらも、もう見当たらない。
「……来島」
「あい、晋助様」
「八つ時にメロンでも食うか。買って来い」
ふと、そんな事を口走っていた。
(了)
【後書き】桂×高杉の誕生日話です。掲載初出が遅くなりましたが、実際には高杉の誕生日(8月10日)の翌日に、相棒と一緒に『おたんじょうびおめでとう』ケーキ(画像/メロンねぇよ)を食べています。
そして、同日に相棒が「こんな煙草があるんだよ」とメロン味の煙草(PEEL Sweet Melon)を見せてくれて、それを吸っているうちに、このネタが思いつき……その帰宅途中に携帯電話で前半部(ちゅーの寸前ぐらいまで)を携帯で書いて、相棒に送り付けていたのですが……そこから先、少し放置していました(笑)。
あ、別に高杉はメロンが好きなんじゃないんです。ヅラが好きなんです……乙女高杉……ぐはっ(爆)! |