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「何か、いいことでもあったのか、てめぇ」
一緒に市中見回りに出ていた山崎が、妙に上機嫌だなと思って尋ねただけだ。本当に何気なく尋ねたのであって、土方には悪意も他意も無い。だが、山崎は垂れ目の目尻を吊り上げんばかりの勢いで土方の正面に回りこんできて「ちょっ・・副長、覚えてないんですか?」と喚いた。
「は? 何をだ?」
「何って・・うそっ、冗談っキツいすよ、副長ぉ!」
「や、全然心当たりねぇんだが・・そらぁ、いつどこでの話だ?」
「昨夜ですよぉ! 食後にビールでも飲むから、つまみ買って来いってパシらされて・・で、帰ってきてから、俺がご相伴したの、覚えてません?」
そう言われて昨日の記憶を辿る。
食後にビール・・珍しいパターンだな。そうそう、仕事が早く片付いたんだっけ。特にややこしい事件もなかったし、先月の道交法の類の取り締まりノルマは多すぎず少なすぎず、そこそこの成績だったし。でも、夜なべして仕事をするのに身体が慣れてしまっていて、なかなか眠れなかったから、少し酒でも飲もうか・・と考えたに違いない。
「多分、飲んだんだろう・・とは思うんだが、よく覚えてない。もしかして、俺、途中で酔いつぶれたのか?」
「酔いつぶれたも何も・・ひどいですよぉ!」
山崎のはしゃぎようからして、自分が何かとんでもないことを口走ったか、仕出かしたかしたのだろうと、見当がついた。
凄まじく恥ずかしいノロケを口走ったか、到底実行不可能な空手形でも切ったかのか。いずれにせよ、素面では有り得ないナニゴトかをやらかしたに違いない。
「何があったんだか知らねぇが、何があったにしろ、忘れろ」
「忘れろだなんて・・副長のバカー! 鬼ーっ! ひとでなしーっ!」
相当ショックだったのだろう。山崎がそう喚いたかと思うと、べったりと地面にへたり込んで泣き出したのには、さすがの鬼の副長も度肝を抜かれた。
「なっ・・ちょっ、おまっ・・あのなぁ、一応、人目もあるんだし、みっともねぇから、そういうの、よせ」
「副長は俺の気持ちなんかよか、人目だとか外聞の方が気になるんですね」
「そういう論点でもねぇだろ、うぜぇなコラ。置いてくぞ」
いつもなら、そう脅せばトボトボついてくるのだが、完全に拗ねモードに入ってしまったらしく、膝を抱えたまま動こうとしない。
参ったなー・・こりゃ、長期戦になるな。土方は諦めて、すぐ側のベンチに腰を下ろした。
いつもならついて来るなと殴ろうが蹴ろうが、尻尾を振って追ってくるくせに・・いや、だからこそ、いざこういう場面になると逆に、いくら殴ろうと蹴ろうと効果がない。
「あー・・分かった分かった。分かったから、泣きやめ」
「分かったって、何が分かったってゆーんですか」
「その、なんだ。とりあえず、何があったか話せ」
「結局、なんにも分かってないんじゃないですか! いいです、もう」
せめて頭でも撫でてやって機嫌をとろうと手を伸ばしたが、イヤイヤをするように首を振って、その手が拒まれた。
「ち。勝手にしやがれ」
ベンチにどっかと座ったまま、土方は制服の内ポケットからタバコの箱を取り出した。火をつけると、やけくそ気味に一口、肺一杯に吸い込む。
そんなふたりの気持ちなど知らぬげに、空はどこまでも脳天気に晴れており、あほうあほうと鳴くカラスまでどこか楽しげであった。
to be continue……?
【後書き】06月13日の絵茶で最後に描いた絵(下記)を繋いだら、お話ができそうだなーと思ったので、書いてみました。とりあえず、カノトさんのパート(右)で(笑)。
前日、何があったのかというと・・・・珍しくご機嫌だった副長にべたべたした挙げ句に(左/伯)、いちゃこらまで出来たのに(中央/エいド)・・・というオチです。 |