お風呂で百まで数えなさいっていうのはむしろ
いくら長湯でも百が限界だから
ぽっかりと目を覚ますと、枕元に正座している山崎が、団扇で自分を扇いでいるのが見えた。
「ああ、起きましたか、副長。大丈夫ですか? そんなになるまで我慢してるから」
「あん? 俺ぁどうしてたんだ?」
起き上がろうとして、頭が軽くふらつく。
「風呂にのぼせたみたいなんすよ。あがったときに、フラッと。俺ひとりじゃ副長を抱き上げられないんで、通りがかった原田隊長に手伝ってもらって、なんとかここまで運んできて」
実際には、原田は通りがかったわけではなく、山崎の悲鳴を聞いてすっ飛んできたわけだが、そんなことはふたりは知る由もない。
「覚えてない? 倒れたときに頭でも打ちました?」
「んあ・・いや、別に頭がいてぇとか、そういうのは感じねぇがな・・?」
そこにカラリと障子が開いて、顔を出したのは沖田だ。
「ち。もう起きゃあがったのか。ひとがせっかく、身体を冷やすのにイイモノ持って来やしたのに」
「はぁ?」
見れば、沖田の手には麺棒ほどの黒い物体と、それにつながっているポンプのようなものが載せられていた。
「な、なんすか、それ?」
「ばばばばばば・・・・っ! バカヤロウ! そんなもんで何しやがる気だった、コノヤロウ!」
「すげぇや、さすが土方さん、一見して何か分かるなんて、そんなにこの玩具が気に入ったと見えやす」
きょとんとしていた山崎も、真っ赤になって怒っている土方と、その様子をみてへらへらしている沖田のやりとりを聞いているうちに、それがイカガワシイ代物であることは見当がついた。
「あ、あのー・・沖田隊長? そいつで何をするつもりだったんで?」
「ああ、だから、こいつに冷却水を入れて、内側から冷やそうって算段でさぁ」
しれっと言い切る爽やかな笑顔に、いくら高熱を出しても、この人にだけは看病を頼むまいと、山崎は固く心に誓っていた。
「んなことしてみろ、ソッコーで腹ァ壊すじゃねぇかっ!」
「大丈夫でさぁ。壊すついでに死んでくれりゃあ、俺としては申し分ございやせん。なぁに、適当に腹上死か何か、恥ずかしい死因をでっちあげておきやすから、心置きなく死んでくだせぇ」
「そんなんで死ねるかぁああああ!」
「ちぇ。せっかく持って来たんだから、試させてくだせぇよ」
「断るっ!」
そのふたりのやりとりに割り込めないものを感じて、山崎は複雑な顔でそれを見守っていた。
「それにしても山崎・・・土方さんは、なんだってそんなに長湯してたんでぇ?」
不意に、沖田が山崎に話を振った。
山崎の顔が見る見る赤くなる。それに反比例するように、沖田の頬が引きつって、整った眉が吊りあがった。
最初、土方はそもそも、近藤と一緒に風呂に入っていたのだ。何十人も隊士が起居するこの屯所、風呂場も共用なので、そのこと自体に他意はない。
近藤さん、やけに熱心に股ぐらを洗ってるな・・と、湯に浸かった土方がぼんやり考えていた。
「なんでぇ、遂に口説き落としたのけぇ?」
「は? トシ、何故唐突に」
「違うのか。まぁ、そうだろうな。なら、インキンか? だったら伝染るから、湯船には浸からねぇでくれ。いくら大将のアンタのでも、インキンをもらうのはゴメンだ」
「酷いぞトシ、つれねぇにも程がある」
「なんだ、ホントにインキンなのか?」
土方がギョッとのけぞると、近藤が「だからインキン違うから! つか、かからないように、ちゃんと洗ってる訳だから!」と喚いた。
「こう、皮を剥いて、中もしっかり洗わねぇと、この季節、ジメジメしてるからよぉ」
「そうけぇ」
例えどんなに親しくても、連れションをしようと風呂が一緒だろうと、他人の逸物などをしげしげと眺めるようなことは、滅多にない。少なくとも、土方はそうだった。
剥いて・・ってことは、かぶってるのか。まあ、日本人の何割だかはそうらしいから、何も驚くことでもないが。
「いいよなぁ、トシはそんな苦労ねぇだろ。俺なんか、そのうえ尻毛までボーボーだもんな」
近藤はすっかりしょげたようで、背中を丸めてしまった。ジャボジャボと水音だけが、虚しく浴室に響く。
「まあ、そのうち、その伸びたチンコの皮ごと、アンタのことを愛してくれる女に出会えるさ」
土方は妙に気の毒な気分になって、そんな間の抜けた慰めの言葉をかける。
「ああ、お妙さんこそは、そんな菩薩のような魂の持ち主に違いないと、俺ぁ、信じてるんだ」
いや、あの女にかぎっては、絶対にそれは無い・・と口に出して言えば、余計に落ち込んで手がつけられなくなるだろう。土方は苦々しく唇を歪めて、近藤の背中を見つめるしかなかった。
やがて、近藤が仕上げとばかりに、股間に桶の湯を勢い良くかけると立ち上がった。
ゆだって肉色になっている逸物がぶらんと揺れるのが嫌でも視界に入り、土方はさりげなく目をそらす。
・・サイズは立派なのにな。
図体がそもそもでかいのだから、身体の大きさ相応だといえばそれまでかもしれないが、巨躯でも小指サイズというヤツだって珍しくないのだし。普段でアレなら、エレクトしたらどんだけになるのだろうとか、そんなビール瓶みたいので迫られたら女はタマランだろうなとか、余計なことを考えてしまう。
あんな巨根だったら、尺八吹くのも一苦労だな・・自分でもあのサイズはさすがに奥までは無理・・などと、ついつい引き比べてしまって、土方は自分で慌てる。
俺ぁ、近藤さんにそんな邪なことを思ってたわけじゃねぇのに!
確かに、慕ってことは慕ってるし、あの人のためなら何だってやるつもりだが、そういう対象として見たことは無い。絶対無い。天地天命に誓って、無い。
「トシ、あがらねぇのか?」
「あ・・後で」
男のモノを見て反応してしまっただなんて、気まずいにも程がある。
近藤は一瞬キョトンとしたが、あまり深いことは考えず「そうかいな」と言って、出ていった。
近藤の気配がなくなって、土方はようやく息をついた。冷たい水でも浴びて、頭を冷やしてあがろう・・と、湯舟の縁に手をついて、立ち上がろうとした。その途端に、ガラリと音を立てて風呂の戸が開かれた。
ギョッとして振り向くと、山崎がそこに居た。
「あれ、土方さん、入ってたんですか」
当たり前だが、山崎も全裸だ。別に、お互い裸でも何らやましいこともないのだが、土方はさっきのこともあって、どうにも気まずくてたまらない。
「お・・おう」
山崎は固まっている土方に頓着することもなく、ぺたぺたと湯舟に近づいてしゃがみ込むと、桶に湯を掬って身体にかけ始めた。場所が風呂場であったなら、お互いが裸でも平常心で居られるというのも、考えてみれば妙な話だ。見慣れるというほどじっくり見ているわけでもない山崎の身体だが、それでも見覚えのある痣やほくろが視界に入り、土方はまたしても出るタイミングを失ってしまう。
「なんですか、副長、ひとの身体じろじろ見て」
「あ・・いや、別に」
「この痣は、副長が蹴ったんですからね? じゃ、お隣、失礼しまーす」
苦笑交じりに言うと、ひょいと片足を上げて湯船をまたぎ、土方の隣に入り込んできた。湯がざぶりと波立ち、水面が土方の胸元をやわらかく撫でる。尻が触れ合いそうな近い距離で、裸で寄り添って・・・いや、別になんのやましいことは無い。あるわけが無いのだが、それでも土方はゴクッと喉仏を動かしていた。
天人が、江戸で湯屋や温泉を見たときに、なんと卑猥で低俗な風習よと呆れ返ったという話を聞いたことがある。そのときは「これだから天人ってぇのは、粋を理解しねぇ朴念仁なんだ」と思ったものだが、今なら、その天人の気持ちも理解してやれなくもない。
「副長? アンタねぇ、大丈夫っすか? なんか、様子おかしいですよ?」
「いや、なんでもねぇ。ちょっと、な」
「ちょっと・・なんです? 都合が悪くなると、目を逸らしてダンマリを決め込むの、悪い癖ですよ?」
監察という職業柄か、それとも惚れた相手に対してだけなのか、こういうときの山崎は妙に鋭くて、そしてしつこい。土方の頬に手を伸ばすと、両手で挟むようにして、くりんと自分の方に向けさせた。
「なんでもねぇって言ってるだろ!」
「俺の目を見て、それが言えますか?」
「うっせぇなぁ。おめぇには関係ねぇよ。近藤さんが、その・・」
「はい? 局長がどうしました?」
「いや、一緒に入ってたんだがな。そんで、それで余計なこと考えちまって・・それだけだ」
「・・意味が全然分からないんですけど」
「知るか、ボケ」
吐き捨てると、乱暴に山崎の手を振り払い、再び身体ごとそっぽを向く。
「近藤さんと何かあったんですか?」
「ねぇよ」
「余計な事を考えたって、どんなことですか? 近藤さんのことで?」
「おめぇには関係ねぇって言ったろうが」
「ありますよ。大あり名古屋は城で保つ、です。ほら、顔が赤くなって・・ウソのつけない人ですね」
「顔が赤いのは、アレだ・・湯に使ってるからだろ」
「今、急に?」
「うるせぇっつってんだろ!」
ボキャブラリーに乏しい土方は、理屈で勝てなくなると、もう、声を荒げるしか術を知らない。そういうところがカワイイんだよな、この人。もちろん、面と向かってカワイイなんて言ったら、容赦なくぶん殴られるんだろうけども。
これ以上は埒があきそうもないし。さて、身体でも洗うかと、山崎が湯船から出ようと立ち上がる。まだ肩まで浸かったままの土方の目線が、ちょうど、その山崎の腰のあたりになった。
「・・こら、少しは隠せ。見苦しい」
「見苦・・・ひどいなぁ、どうせ副長のみたく、ご大層なモンじゃないですよ・・あ、もしかして?」
土方の顔を見下ろして、何か思い当たったらしい山崎の動きが止まった。必然的に土方の視界には、見たくもない器官が、まさに「チン座」することになる。
「近藤さんと、際どい会話になったとか?」
「いや、会話じゃねぇが」
「ちょっ・・アンタ、沖田隊長だけでなく、局長ともそういう仲だったんですか?」
「いや、違う。それは違う。それだけは誓って、違う。違うつもりなのに、その、妙なことをつい、考えちまって」
「はぁ・・」
これが土方相手でなければ、冗談混じりに「なんだ、溜まってんのか。ちょっとヘルスでも行って、一本抜いて来たらいいじゃん」とでも言えただろうに。
「なんですか? 局長の裸を見ていて、抱かれたくなったりしたんですか? 一緒に風呂に入ってたら、裸ぐらいさんざっぱら見てるでしょうが」
「いや、裸は見ても、その、ナニをまじまじ見るこたぁ、ねぇだろ、フツー」
「まぁ、持ち物を比べっこするような年齢でもないですしね」
「近藤さんがやけに熱心に洗ってたもんだから、よ。ちょっと気になってしまって、そんで目に付いたのが、でけぇなぁ、と・・で、まぁ、ちょっと、な」
「はぁ」
しかも皮が・・と言いかけて、そこまで喋っては、局長の威厳が損なわれると気付いて、慌てて飲み込む。
「やっぱ、でかい方がイイんですか?」
「はっ!?」
「いや、そっちの方がいいのかな、って。どうせ俺ぁ、副長に比べたらお粗末ですよ」
「なっ・・なんでそんな妙な拗ね方をしやがるんだっ!」
「そりゃ、拗ねもします。いつまでも副長がつれないのは、つまり、俺ではご満足頂けてないってことでしょ? 局長にまで色目を使うだなんて」
「色目いうな・・・大体、そーいうのと大きさは、全然関係ねーだろーが」
「そーゆーモンなんですか? じゃあ、何です? テクとか? それだって、どうせ俺ァ、どっかの王子様みたく百戦錬磨じゃないですし、スタミナも・・あああ、自分で言ってて滅入って来た」
「いや、だから、な・・」
俺ぁ、どちらかというと、おまえぐらいのんが楽でいいというか・・と、またも口を滑らせかける。なんだろう、もう、思考がぐしゃぐしゃでまとまりがなくて。山崎が言うように、溜まっているんだろうか。
「だから、なんです?」
「ちょっと、ソレ、貸せ」
「はぁっ!?」
湯舟から出るのをやめて、その縁に腰掛けていた山崎のモノは、土方がちょっと手を伸ばしたら届く位置だったのだ。いっそ、抜いてスッキリした方がいいのかもしれない。
「ちょっ・・待ってくださいっ・・まだ、ちゃんと洗ってないしっ!」
「俺がキレイにしてやるよ」
「いやいやいやいや、そういう問題じゃ・・それに誰か今来たらっ・・・!」
「オイコラ、てめぇなぁ、ひとがせっかく・・」
山崎が腰を引いて逃げようとする。
それを追おうと、土方が立ち上がり・・・そこで、クラッとめまいを起こしたのであった。
どういうことだと追求したがる沖田をなんとか追い返し、山崎が煎れてくれた冷たい麦茶を飲んでいるうちに、土方もそこまで思い出した。
俺ァ、何てコトやらかしてしまったんだろと、頭を抱える。まったく、どうかしてたとしか思えない。
「あー・・その、山崎、風呂場での会話は、忘れろ。全部」
「ええええええっ、そんなぁ」
「まさか、続きを期待して、ここに残って看病してるんじゃないだろうなぁ」
「・・いけませんか?」
「いけるか、バカヤロウ」
まだ溶けきっておらず、ごつごつとしている氷枕を掴むと、山崎の顔面目がけて力一杯投げ付けた。
(了)
【後書き】この話は、単に、ちんこの話をしている近藤と土方が書きたかっただけです。さらに、沖田のちんこがどうだとか、山崎のはこうだとか、ぐだぐだ喋ってから、山崎に迫る予定だったんですが、あまりにもちんこを連呼するのもどうかと思って、今回は控えてみました。残りのちんこの話題は、次の機会に(スルナ)。
ちなみに、このSSの山崎の拗ね方は、北宮さんとなりきりチャットをしたときの、山崎@紫そのまんま・・・・らしいです。じゃあ、この頭の弱い土方は伯方? |