す れ ち が い
最初見たときには「えらく図体のでけぇ夜鷹も居るもんだな」としか、思わなかった。
何しろ、周囲に灯りもない川縁の小路であったし、手ぬぐいで髪はもちろん目元まですっぽり隠していたし。
「オイ、風俗営業許可証持ってるか? 持ってねぇだろ。ここいらは風致地区だから、売笑行為とかしちゃいけねぇことになってんだよ。一応、条例違反になるから・・ホレ、そこのパト乗って・・簡単に調書だけ取るからな」
檳榔子染の単衣の肩を押して促そうとすると、相手は一瞬、右手を腰のあたりに伸ばそうとした。
「よせ、オンナ相手にゃ乱暴なこたぁ、したくねぇんだよ。あ、蓆は外に置いておけ」
その肘を掴んで留めると、ドアを開けて後部座席に押し込み、自分も隣に腰を下ろす。
「じゃ、まず名前から答えてもらおうか」
天井に手を伸ばして車内灯をつけると、ファイルに視線を落とす。だが、ボールペンを指先でくるくる回しながら待っていても、返事は無かった。
「おーい、だんまりか? それともおたく、天人か? 天人でも言葉ぐらい通じるんだろ。通じなきゃ、商売にならねぇもんな」
そう囁いて、顔を覗き込もうとすると、相手は顔を背けて単衣の袖で隠そうとした。
「おいおい、俺だって、こんな取締りしたくねぇんだよ。お上の命令でやってるだけでよ。チャッチャと終わらせてぇから、協力してくんねぇかな?」
「取締りたくねぇってんなら・・黙って見逃してよ、多串クン」
その声に聞き覚えがあった。聞き覚えがあるどころじゃない。驚いて、かぶっている手拭いに掴みかかり、毟り取った。案の定、その下にはクセのある銀色の髪が踊っていて。
「まさか・・おめぇ?」
「いやだぁ、乱暴なことしないんじゃないのぉ?」
「ふざけんなっ! 万事屋ッ、てめっ!」
「ふざけてねぇもん。お仕事だもん」
素顔を晒されて、拗ねたようにそっぽを向いていたのは・・坂田銀時であった。
後から思えば、ここでアッサリと「しょーもねぇ、とっとと帰れ」と、パトカーから蹴り出していれば良かったのかもしれない。どうせ万事屋が相手では、取締りノルマ達成の足しにもならないのだから、別の違反者を探しに市中見回りにでも行った方が、よほど建設的だったに違いない。だが、思いがけない事態に動揺した土方は、とりあえず落ち着こうと煙草に火をつけていた。
「・・で? 仕事、だって?」
「今月、超ピンチでさ」
「ふん。まぁ確かに、一番手ッ取り早い方法かもしれねぇな」
「多串クンが、楽して儲かる仕事紹介してくれるんなら、喜んでそっちに乗り換えるけど」
「んなもんあるか」
だが、今日ばかりはいくらニコチンを摂取しても、原因不明の苛立たしさが募るばかりであった。それから・・煙草が尽きるまでのまるまる五分以上の間、気まずい沈黙が車内にこもっていた。
「そんで? 見逃してくれんの? くれないの?」
じれたのか、銀時がそう切り出す。
「風俗営業不認可営業とか、風致地区の景観保護条例違反ぐらいじゃ、警察に逮捕権もないデショーが。いつまでもこうしてここに拘束してんのって、職権乱用じゃねぇ? もう諦めて協力するから、調書でもなんでも取ってよ」
「そんで? 解放されたら、よそで他の男の袖でも引くのか?」
「別に、カネ払ってくれるんなら、女相手でも構わねぇけど」
「みっともねぇ。それが武士のすることか?」
「しゃあねぇだろ。餓え死んじまったら、武士道もへったくれもねぇんだ」
「病気うつされるぞ」
「そんなヘマはしねぇよ。つか、大体そんなこと、おめぇに関係ねぇだろ」
「関係ねぇ・・そうだな、関係ねぇことだな」
確かに関係ないことではあるが・・その言葉は妙に、土方の神経を逆撫でした。
別に恋人でも親友でもなんでもないのだから、万事屋が誰と寝ようと、いくらで身体を売ろうと、土方の知ったことではない。今までだって密かにそうやって金を工面したことがあるのだろうし、年端のいかない少女相手ならいざ知らず、オトナが己の意志でやっていることに、赤の他人が口出しすることもなかろうと、頭では理解している。それでも土方は、ハイどうぞと素直にパトカーから降ろしてやる気には、なぜかなれなかった。
きっとアレだ。俺を剣で負かせた相手がそんなふうに堕落してもらうと、俺の価値まで下がるような気がするからに違いない。そんなくだらない男に、俺は負けたのかと。
「てめぇ、いくらだ?」
思わず、そう尋ねていた。銀時が、訝しげにこちらを振り向く。
土方は、尻ポケットから紙入れを取り出して、その膨れ面の頬をひたひたと叩いて「どっかの下衆にくれてやるぐれぇなら、俺が買ってやる」と言ってやった。それに対して、銀時は「あれ? ここって、風致地区だったんじゃねぇ?」などと、口調だけは冗談めかしくトボけてみせたが、紙入れを払い除けようとする仕種にはトゲがある。
「治外法権だ」
「パトん中では、ウリも自由ですか。銀さん、ひとつ利口になったな。でも悪ぃな、今夜は店じまいにするわ」
「往生際が悪いな。要らねぇのか、金」
そう言って、なおも紙入れで嬲るような仕種を見せたのが、よほど銀時のプライドを傷つけたようだ。女装のために頬や目許に軽く紅を掃いていたようだが、その上からでも顔が青ざめているのが、薄暗い車内灯に照らされながらもはっきりと見てとれる。
「何のつもりだ」
「何って。だから、俺がてめぇを買ってやるって言ってるんだよ」
「誰がきさまなんかにっ!」
土方が銀時の単衣を掴んで引き寄せようとしたのと、銀時が土方を殴り飛ばそうと肘を上げたのがほぼ同時だった。狭い後部座席には、身の丈六尺もあろうかという大の男ふたりが暴れられるほどの余裕はない。その結果、土方はみぞおちに肘鉄がまともに入ったし、銀時は振り回されて、運転席のヘッドレストに顔面を打ち付けていた。
「ってぇっ・・! こんな面でも、一応商品なんだからなっ」
「なぁにが商品だ。上等だコラァ!」
土方の方が一瞬早く、第ニ波攻撃に移っていた。掴んだ襟首をそのままに、今度は銀時の頭を車窓に叩き付ける。鈍い音がした。
「警察が一般市民を暴行していいと思ってンのぉ? ちょっ、右脳が死ぬっ・・脳みそとか出てねぇ?」
「暴行じゃねぇ。セーアツだ、セーアツ」
『制圧』とは、取調べなどの際、容疑者などが暴れるのを押さえ込むために行う行為のことだ。いわば、公務執行の一環である。
銀時は「その用語の用法、微妙に間違ってるよ」とツッコみたいところであったが、その前にもう一発、今度は額を両手で掴むようにして、直に窓に打ち付けられた。さすがにめまいがして、身体がずるずるとシートに沈む。
「ふん、おとなしくなったな。手間かけさせるんじゃねぇ」
「暴力警官がいますって、目安箱に投書してやっからな」
「セーアツだっつってんだろ」
「過剰防衛だぜ、チクショー・・」
だが、抗うその声も、先ほどまでの勢いがかなり削がれていた。窓ガラスにべったり赤いものがついているようだったが、土方は見なかったフリをして車内灯の灯りを消した。たちまち視界が闇に包まれ、ただ、銀時の白銀の髪とはだけた単衣からこぼれ出た肌が、ぽうっと淡く浮かび上がっている。土方は誘い込まれるように、その白い身体に覆いかぶさっていた。
「訂正だ・・ハレンチ警官がいますって、投書してやる」
狭いシートの上に折り重なっていると、ともすると右半身が座席から滑り落ちそうになる。特に、左足を抱え上げられているから、なおさらだ。銀時は、右手で運転席の背もたれを掴むようにして、身体を支えていた。暗くて周囲はよく見えないが、土方のモノらしい熱い塊が、着衣越しに下腹部に擦り付けられているのは、感触で分かった。その硬さや大きさがダイレクトに感じられて、銀時は肌が粟立つ。
「やめっ、おめぇにヤられんのは真っ平ゴメンだ。頼むから、そこのけって・・三百円やるから」
「何いってやがんだ。今さら往生際の悪い」
不意に・・身体の中心を直に掴まれた。
思えば、これだけ大股開いているのだから、着物の裾はとうに割れていたのだろう。その下は・・“仕事”を手早く済ませるために、腰巻きしか付けていなかった。
「ばっ・・いきなり急所攻撃はナシでしょっ!」
「一の太刀で決めるのは、真剣勝負の定石だろ」
「そういう論点じゃねぇっ! うぐっ・・」
握り込まれて、思わず身動きできなくなったのは、ソレを傷つけたくない男としては、極自然な反応だったろう。
「離せッ、冗談じゃねぇ!」
「なんだ、こっちの方がいいのか?」
案外素直に手を緩めたと思いきや、その指が後ろに滑っていき、背筋がぞくぞくするのを感じた。
「あっ・・そっちもダメだっ、人体の穴は全部、これ急所なんだよっ!」
「ぐだぐだ文句言うな。こっちは、カネ払って買ってやろうって言ってるんだぜ? サービスしろよ、万事屋」
位置を確かめ、そう簡単には受け入れないらしいと悟ると、土方は一度指を離して、銀時の口元にやった。強引に唇を割って、ねじ込む。
「舐めろ。よく濡らしておけよ。自分の下の口を傷つけたくなきゃあ、な」
「ぐぅうう」
「言っとくが、歯ァ立てようなんざ思うなよ」
もう諦めたのか、一度油断させて反撃するつもりなのか、銀時がおとなくなった。ぴちゃぴちゃと音を立てながら、指に舌を絡めてくる。さすがにくすぐったくなって手を引くと、手指と舌の間に、唾液が長い糸を引いた。その指を菊座にあてがい、一気に貫く。単衣がまくれて太股まで露わな銀時の脚が、感電でもしたかのように激しく痙攣した。銀時が長く尾を引く悲鳴をあげるが、土方は手を止めようとはしなかった。
「暴れるな。暴れると余計に痛い目をみるぞ」
締め付けるような圧迫感が、不意に弱くなる。それみろ、と思う。だから、暴れるなと言ったんだ・・ぬるっと熱いものが指に巻きついて、滑りが妙によくなったのは、内壁が裂けたせいだろうか。
「いい加減、観念しろ。どっちにしろ、掘られる覚悟してたんだろ」
そう吐き棄てて指を抜き取ると、ベルトを外してスラックスを緩めた。その僅かな間、両手が銀時から離れる形になる。銀時はそのタイミングを待っていたかのように、不意に腕をあげると、頭側のドアロックを外して、扉を開けた。下半身は弄ばれて力が入らないが、代わりにドア枠を両手で掴み、腕の力だけで強引に身体を引き上げる。あっと思う間もなく、上体が車外にまろび出た。
「こらっ、逃げんな、てめっ・・敵前逃亡は士道不覚悟だっ!」
腰帯を掴んで強引に引き戻し、力任せに数発頬を張る。今度こそ本当におとなしくなったのを確かめると、己の屹立したものを入口に押し当て、一気に体重を乗せた。女のもののような粘着質な音がして、飲み込まれていく。その理由はあまり考えたくなかった。
「てめぇ、痛いのが好きな訳でもねぇんだろ? 俺だって、こんな乱暴はしたかぁねぇんだ。どっかのドS王子じゃあるまいし」
二、三度突き上げて、銀時をすっかり腕の中に納める。口付けてやると、一瞬驚いたように目を見開いた。しばらく土方の顔を見つめていて・・やがて、苦笑のようなため息を漏らすと、ゆるやかに首に両腕を回してきた。
「アンタとこんなことになるなんて、思ってもみなかったけど」
その独白に、どんな意味を込めていたのかは分からなかったが、銀時の側からもキスを返してきたからには、何か心境の変化でもあったのだろう。右腕に抱き取った銀時と舌を絡めあいながら、土方は、そっと左手を伸ばしてドアを閉じようとする。そのドアが、途中で動かなくなった。
「はて。どっかのドS王子たぁ、どなたのことでしょうねい?」
土方の顔面が凍りつく。閉じかけのドアを掴んで、車内をのぞき込みながら、にっこり笑っているのは・・沖田総悟であった。
「やぁれやれ。せっかく俺がサボってる間に、土方さんが仕事してくれてると思ってたら・・パトの外に蓆を置いてたから、てっきり夜鷹を補導して、コッテリ絞ってるもんだと思ってやしたのに・・旦那が飛び出てきたから、ビックリしやしたぜ。コッテリじゃなくて、シッポリでやしたか。道理で車がギシギシ傾いでいたわけで」
「まぁ、そういうことで取り込み中だから、総悟、外せ」
「イヤですよ。俺だけ仲間外れなんて」
「万事屋と寝るのは、有料らしいぜ」
「土方さんはカネ払うんだ? カネ払ってまで、旦那とヤりたかった?」
「うるせぇ」
「あれ? 図星なの? じゃあ俺は、無料の土方さんと遊ばせてもーらおうっと」
その台詞の意味が理解できず、土方が呆然としている間に、沖田は右後部座席のドアを外側から閉じると、ぐるっと回って反対側の扉を開けた。
「ホントは助手席に座らせて、リクライニングを倒した方が、ヤりやすいのになぁ」などと、十代の少年の台詞とは思えない言葉を吐きながら、乗り込んできた。
「お邪魔しやーす」
その呑気な声に、土方はすっかり萎えてしまい、銀時の腹の上で「せっかく、いいムードになりかけたのに・・ブチ壊しかよ」と、ぐったりと項垂れてしまう。
「アレ? 多串クン、もうオシマイ? だったら銀さん帰ってイイのかな。イってないから、三割引きにしといたげるよ」
「旦那ァ、心配しなくっても大丈夫っすよ。今、土方さんの前立腺刺激して、復活させてやりまさぁ」
「そうなん? じゃあ、頼むわ」
「おいっ! 俺の意志を無視して、話を進めてんじゃねぇぞ!」
「なんで俺が、アンタの意志なんて確認しなきゃいけねーんで?」
サディスティック星のドS王子の本領発揮とばかりに、沖田が小太刀を抜いて、土方のスラックスの尻を裂いた。そのまま背後から頬に刃をあてがって抵抗を封じると、その裂け目にもう片手の指を、慣らしもせずに強引に奥までねじ込んだ。押し返される感触に逆らいながら、爪の先をたてるように内壁をなぞる。
「ふっ・・ぐぁあっ!」
「あ、ここか」
確かにそこに、軽い違和感が感じられる。沖田は唇だけでニッと笑ってみせ、なおも執拗にその一点をこりこりと嬲り続けた。さすがにじっとしていられず土方が身震いし、頬に一筋、血の線が走る。その小太刀をさらに首筋に滑らせ、くいっと顎を上げさせると、沖田がその傷に舌を這わせた。こらえようと歯をくいしばっているはずの土方の声も、次第に上ずっていく。
「あ・・中で復活してきた。ピクってしてる」
「万事屋っ・・てめっ、そっ、そんな実況中継するんじゃねぇっ! あ・・ちくしょう、総悟っ、てめーも・・」
「俺も? 俺もって何? ああ、指だけじゃなく、ちゃんと参加しろって?」
「そんなこと言うかっ! ッキャロー! くそっ、覚えてやがれっ!」
「今夜のことを覚えていたくないのは、むしろアンタの方だと思いやすがね。俺ァ、こんな楽しい経験、そうそう忘れそうにありませんや」
沖田が小太刀を鞘に収めると、代わりにスラックスのジッパーを下ろして、己のものをつかみ出す。先ほどからの出歯亀で興奮していたせいか、それとも単に若いからか、そそり立ったその先端からは既に、透明な体液が溢れて幹を伝い垂れている。そのぬめりを菊座に当てて、塗りたくってやった。
「多串クン、ホラ息吐いて。ここはおとなしーく力抜いて、楽にしといた方が良さそうだよォ」
「そんな妙に具体的なアドバイス、していらんわっ!」
「何? それとも慣れっこなの? こーいうの日常茶飯事なの? 乱れてるンだねぇ、真選組」
「んなわけあるかっ! 組を侮辱すると許さね・・あぐっ・・!」
「あー・・ベラベラ喋らないのね、舌かむよ? はい、多串クン、息吸って、吐いて、ヒッヒッフー・・ね」
おちょくっても、もうノってこないところを見ると、冗談抜きで相当痛かったようだ。銀時をねじ伏せようとしていた先ほどまでの勢いはどこへやら、苦悶している土方の髪を、銀時が撫でてやる。黒髪に梳き入れた指が、熱い汗でべったりと濡れ、雫が掌から腕にまで転がった。
「旦那ァ、動いていい? 土方さんの中、すっげぇ熱くて、ひくついてて、我慢できそーにねぇ」
「ん? それ、俺がGOサイン出して良いもんなの? や、ちょっとシンドそうだから、も少し気持ちヨクしてあげてからの方が良さそうじゃねぇ?」
「つっても、もう根元まで挿れてしまいやしたし。このまま止まっておくわけにはいかないでしょう」
「でも、やな汗かいてるみたいだぜ?」
「暑いんじゃねぇんすか? 窓ガラス曇ってますぜ。それに、旦那は単衣一枚ですけど、土方さんは隊服だし」
沖田はそう言うと、ふたりの上に覆いかぶさるようにして、手を頭の側の窓へと伸ばし、パワーウィンドウのスイッチに触れる。ウィーンと低い音がして、窓が開いた。冷たい夜風が入ってきて、飛びかけていた意識が戻ったのか、土方のあえぐ声が高くなる。
「ひゃっ・・あっ・・んっ、沖田っ、てめっ・・ちくしょうっ・・!」
「土方さん、あんまり哭くと、声が近隣にダダ洩れですぜ」
いかにも愉快そうにそう言うや、沖田が突き上げ始めた。その余波を喰らう形で刺激されながらも、銀時は、土方の隊服の胸をくつろげてやり、中のシャツをまくり上げた。
「しゃーねぇなぁ・・多串クン、こーいうときは、いっそ溺れた方が楽になれるもんよ。ほら『身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ』って言うでしょ?」
汗でぐっしょり濡れているのを脱がせるのに苦労しながら、指をシャツの中に滑り込ませ、突起を探り当てた。既にぷっくりと硬く膨れ上がっているのに気付いて、苦笑する。
これに気付くのが、俺じゃなくてドS王子だったら、アンタ、なんて言われてたんだろうねぇ。その小さな果実がいかにも美味しそうで、不自由な体勢の中、身をかがめるようにして、銀時がそれに舌を這わせると「ヒッ」と甲高い悲鳴があがって、ビクビクと反応があった。ついでに、銀時と繋がっているソレもムクリと膨らんだようで、銀時も思わず嬌声が漏れそうになる。
「なんだ、なんだ。土方さん、えらく締め付けてくると思ったら、旦那に乳吸われてよがってたの? 自分ばっかり気持ちヨクさせてもらってねぇで、アンタもちったぁ努力しなよ。ホレ、人形みたいに転がってねぇで、少しはてめぇで腰振れって」
そう言うと、沖田が土方の臀部を平手でひたひたと叩き、覆いかぶさるようにして、背後から耳朶を噛むように「そんなんじゃ、いつまで経っても、俺ァ、イけませんや。まぁ、一晩中、挿しっぱなしでいたいっていうんなら、別に構いやせんがね・・でも、それじゃあ、万事屋の旦那も気の毒だ」などと囁く。その呼気にすら反応してしまう土方は、もう憎まれ口も出て来ない。
「アレ? 鬼の副長が、これしきのことで、もうヘバってるんすか? だらしねぇ」
沖田はニッと唇の端を上げて笑うと、土方の髪を鷲掴みにした。肉がぶつかりあう音が響いて、一気に昇りつめる。痛みと快楽とがない混ぜになって、土方の腰から下の感覚が徐々に麻痺していく。腹の奥で駆け巡っている熱い塊が、自分のものなのか、沖田のものなのか、判別できない。己自身が肉壁に包まれて揉みしだかれている感触ですら、自分が感じているものか、沖田が感じているものか混乱してきた。自分の手足がどこについているのかすら定かにならぬ、フワフワした感覚に侵食されているのは、単に車内の暗さ狭さだけが理由ではないだろう。無意識に、手に触れた銀時の手指を掴んでいた。握り返されたその指の感覚だけが、現実と自分を繋ぎ止める確かな感触になる。
そこにすがるように指を絡めていたら、背後から沖田が手首を掴んできて、強引に引き剥がされた。
「なに、そこでイチャついてんの? せっかくイけそうなのに、目の前でそーいうの、ムカつくからやめてくんない? 土方のくせに・・旦那も甘やかしたらダメっすよ」
「沖田クン、ヤキモチ妬いてンの? じゃあ、若いふたりで仲良くヤっとく? 狭いし、重いし、銀さんは、ケツがそろそろ限界だから、先にあがって前の席でちょっと休むわ・・ちょっとどいて」
「いやいや、せっかくだから、旦那も一緒にイきやしょうや。それに、オシゴトでシてるんでしょ? 職務放棄しちゃあいけませんぜ」
「そんなん言うんなら、沖田君も払ってよ」
「コイツにまとめて請求してくだせえ」
またもや土方抜きで会話が進んでいるようだが、それにツッコみを入れる気力は、もう土方には無かった。揺すり上げられ、揉みくちゃにされて、頭の中が真っ白になっていく。腰骨が砕けそうだった。
「あっ・・イクッ・・」
叫んだのが、誰の声だったのかは分からなかった。
少しくの間、ただ、複数の荒い呼吸音だけが車内に響いていた。時折、運転席に据えられた無線機が何度か、応答を求めるようにガガッと雑音を吐く。睦み合っている間には、無線の音なんて、まったく気付かなかったのだが。
「おーい、重たいから、おめーら退いてくれ」
沈黙を破ったのは、銀時だった。声が心なしか、かすれている。
「あ、旦那、生きてやしたか」
「男相手に腹上死してたまるか。つか、この場合、むしろ労災というか、殉職というか・・どっちにしろ、俺ァ、情死すんなら、どんなブスでも女相手がいいね」
「そーいうもんすか? 俺だったら、ブスは絶対ゴメンですがね」
減らず口を叩く沖田も、さすがに若干息があがっていた。腰を引いて抜き取ると、ドロリと体液が溢れ出る。沖田はそれを、図々しく土方の隊服の上着の裾で拭ってから、己の下履きを直した。
「多串クンも退いて・・って、アレ、失神してんの? やだなぁ、もう」
「マジで? 死んでんじゃねぇ?」
「息はあるみたいだな」
「ちっ。まだ一発しかヌいてねぇってのに、土方のヤロー、根性のねぇ・・せっかく、ニ発目は遊び心たっぷりにマヨネーズプレイにしてやろうとか、色々考えてたのに。どうせなら、きっちり死ねよコラ」
沖田が憎々しげにその頭をどつくと、土方の身体がぐらりと揺れて、シートから転げ落ちた。乱暴に引き抜かれた形になり、銀時が「ギャッ」と悲鳴をあげた。土方の方も相当痛みはあったはずだから、それで目を醒ますかと思われたが、そのままピクリとも反応しない。
「あーあ、沖田クンが乱暴なコトすっから、銀さん、ピリッてきたよ、ピリッって・・このまま痔主さんになんの、やだよ、俺」
「そんな傷、舐めたら治りやすぜ、旦那」
「サラッと言うな。サラッと。自分でンなとこ舐めれるか。つか、舌が届いても舐めたくねーけどな」
「代わりに俺が舐めてやりやしょうか?」
「いらねーよ。余計悪化しそうだ」
「俺じゃなくて、オーグシクンの方がいいって?」
「だから、そういう論点じゃねーって」
土方が退いた形になって、ようやく上体を起こせた銀時は、懐でしわくちゃになってしまっている懐紙を取り出して下腹部を拭うと、それが赤く染まったのを見てイヤな顔をしながら、開けてあった窓から外へ放り投げる。
「口直しに、第二ラウンドしやすか、旦那」
「いや、そーいうのロハではしないから。あくまでもお仕事だから、コレ」
「あ・・そう。ホントにお仕事だけ・・なんすね?」
「あったりめーだ。そもそも俺ァ、こいつぁ、気にくわねぇんだ」
「フーン? ホントに? だったら、別にいいんですがね」
銀時も着物の乱れを直すと、運転席と助手席のシートの間に割り込むようにして移動し、助手席に身体を滑り込ませた。
「さすがにちょっとシンドいから、俺、こっちで寝かせてもらうわ・・うぇえ、多串クンの汗でびしょびしょ・・風邪ひきそう。無線のスイッチ、うるせーから切っておくぜ」
「どうぞ。じゃ、俺はこっちで休みまさぁ」
沖田は土方の上着をシートに敷いて、その上に寝そべった。足下に転がっている土方を見下ろし、手を伸ばして、その蒼白になっている頬に触れてみる。汗が冷えたのか冷たくなっているその肌の感触が、屍体のようで心地よく、指先で嬲っているうちに、沖田もうとうと眠り込んでいた。
土方が目を覚ました頃には、とうに朝陽が差していた。いつの間に、シートから転げ落ちていたのだろう? 沖田も銀時も居ず、車内には雄の匂いが充満している。締め切られた窓は内側が曇っていて、ところどころ水滴が垂れていた。シートや車窓にべったりついた血糊は乾きかけているが、このまま給油所で室内清掃を頼もうものなら、ソッコーで警察に通報されるであろう凄惨な状態であった。
・・いや、俺も警察だがさ。ちっ、帰って山崎にでも掃除、手伝わせるか。
土方は、起き上がろうとして、肘の力がカクンと抜けて、こけてしまう。ベストとシャツは胸元まではだけており、下履きも半ば脱げている・・というか、尻の部分は沖田が裂いて、ボロボロにしてくれている。おまけに、上着は脱ぎ捨てられて、シートの上でしわくちゃだ。どうすんだよ、この上着、クリーニングに出さなきゃいけねぇじゃねぇか。だが、尻丸出しのスラックスを隠すには、このヨレヨレの上着を羽織るしか方法はないだろう。
まったく・・酷い目にあったもんだ。途中で沖田が帰ってきて、流れが変わってさえいなければ・・いなければ、どうだったんだろう? あの万事屋としっぽりヤってたのかな・・俺が? でも相手もマンザラでもなさそうだったが・・さて、そのふたりはどこに行ったのだろうと、パトカーから降りる。
探すまでもなく、ふたりはすぐ近くの、川沿いの柳の樹にもたれるようにして、何やら話し込んでいた。
「やっぱり、土蔵相模あたりでしょうかねぇ。吉原は車組の目がありやすから、フリーで商売するにゃあキツいでやんしょう」
「そうか? 吉原なら萌黄楼が馴染みだから、そこいらの肝入りでなんとかなんねぇかな」
「萌黄楼と? 旦那ァ、あんた一体、過去に何やってたんですかい・・でも、どっちにしろ営業許可がねぇと、取締り対象になっちまいやすよ」
一体何の話かと思えば、売笑稼業の相談なんぞをしているらしい。吉原は言うまでもなく色町の最上級ブランドだが、土蔵相模もそれなりの妓楼がある一角だ。警察がそんな話題で盛り上がってどうするんだ、まったく。総悟ってやつぁ、本当に職務に対する自覚がねぇ。
「営業許可ねぇ・・面倒くせぇな。あ、多串君、おはよう。悪いけど、銀さんのために風俗営業許可の申請しといてくんない? 警察庁の管轄でしょ、アレ」
「てめっ、ひとが起きて来るなり、それかっ!」
「怒鳴らないでくれよぉ、銀さん、血糖値が下がってる朝は弱いンだから。あ、花代。ついでに、この顔の慰謝料も込みで」
思い出したように、銀時が片手を土方に向けてヒラヒラと振った。確かに、頬や目許が腫れ上がって、痣になっている。頭にも包帯を巻いているところを見ると、昨日、窓ガラスに叩き付けた傷も、案外深かったのかもしれなかった。
「何が花代だ。慰謝料だ。てめぇ、最後にゃ総悟とふたりして楽しんでたじゃねーか」
「ひどいなぁ、大串クン。前と後ろと、同時にキモチイイ思いしてたくせに、ねぇ、沖田クン」
「まったくでさぁ、しまいにゃ、てめぇで腰振ってやしたよ。ねぇ、旦那」
なぜか沖田まで、土方に向けて手を出している。
腰なんて振った覚えはねぇと怒鳴り返したいところであったが、沖田が乱入してからは、何が何やら混乱してたので、そう言い切れないところが痛い。代わりに「なんで、てめーまでちゃっかりカネせびってんだ、ああっ!?」と、凄んでみせる。
「なんでって、たっぷり楽しませてあげたじゃねぇですか」
けろっと言い切る沖田の頭を一発引っ叩いてから、銀時の首に腕を回すようにして抱え込み、沖田から数歩離れた。
「いっとくがな・・てめぇに風俗営業の許可なんか、ぜってぇに下ろさせねぇからな」
ぼそぼそっと耳元に囁く。思えば別に、それぐらい沖田に聞かれて困る話題でもないはずだが、なぜか、なんとなく気が引けたのだ。その吐息が耳朶にくすぐったかったのか、銀時は小さくブルッと肩を震わせる。
「だったら、パチンコ屋に圧力かけて、絶対に出る台の情報とか仕入れてよ。パチンコ屋の営業許可も警察の管轄でしょ」
「あほか」
カネが欲しけりゃ、俺がてめぇを買ってやるから、他所で客なんか引くな・・と、言いかけて、土方は声が詰まった。
それじゃまるで、愛の告白じゃねぇか。いや、そうじゃない。そういうつもりじゃない。ただ、俺は、俺を負かした男に落ちてもらいたくないって、ただ、それだけで。多分、それだけで。
土方はそれ以上、言葉が続かなくなって、代わりに紙入れを取り出す。中身も確かめずに、紙幣をありったけ抜き出して、銀時の懐に突っ込んでやった。
「まいどあり・・今度、邪魔が入らねぇ時に、過払い分を凄精算してやるわ」
「釣りはいらねぇよ」
「あれ、俺フラれた? じゃ、帰るわ」
「え?」
銀時がニヤッと笑ってみせて、土方の腕を払った。
ふらふらとパトカーに戻ると、車体に立て掛けていた蓆の内側から、いつもの木刀を取り出して帯に差し込む。そこに隠していたのかと呆れる土方に、ヒラヒラッと芝居がかった仕草で手を振るや、草鞋履きの足を引きずるように歩み去った。着物は血まみれの筈だが、赤みがかった黒色のため、ほとんど目立たない。
「土方さん、そんなに溜まってたんだったら、わざわざ万事屋の旦那を買わなくても、俺がタダでなんぼでもヌイてやったのに」
「何言ってやがんだ。てめーの玩具にされてたまるか。大体、あいつを買ったのは、その・・なりゆきだ」
「へぇ、なりゆき・・他意はないんでやすね? なら、いいや」
沖田が何を言おうとしていたのか、土方には見当がつかなかった。その代わりに、煙草に火をつけて深々と吸い込みながら「さて・・総悟、昨夜の市中見回りの報告書、なんて書く?」と尋ねていた。
FINE
【後書き】某所で踏み返された、AKIさんからのキリリク「土方と銀時で路上、できれば無理やり&沖田乱入」でした。当初、3P部分は朝チュンだったのですが「いや、長くなってもいいから、その描写も」という注文を頂き、大幅加筆。もうSSじゃないよ、この分量・・それでもやりたかった体位をいくつか削りました・・だって狭い車内で物理的に可能かどうか、分からなかったんだもん(苦笑)。
「いっそ外に出て、蓆敷いてする?」「そこまでしていらん」・・という会話まで、一瞬考えちゃいましたよ。はい、そこまでしていりませんね。
『すれちがい』というタイトルは、各々が想いを寄せていて、しかも身体まで重ねてるのに、素直になるタイミングがズレたり、意地を張ったりして、じれったい状態を書きたかったから(そーいうテイストが好きなんです)・・いや、沖田の乱入がなかったら、あのまま超スイートに土銀、結ばれちゃいそうでしたよ、危ない危ない。
私が土銀で絡みを書くのは、もっと先のことになるだろうと思っていたので、思いがけなく土銀の絡みが書けて嬉しいです。
AKIさんのお気に召す出来になりましたでしょうか? 煮るなり焼くなり、好きにしてあげてください。何回も校正はしたつもりですが、誤字脱字がまだ残っていましたら、勝手に弄ってくださって結構です。
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