※当作品は、第56χ『超能力者搭ψ旅客機でGO!』の前に 書かれたため、人体復元能力の設定が原作と異なります。
ご了承ください。斉木楠雄の倦怠
「いいじゃないスか、俺で」
ベッドに寝そべったまま、丸めたティッシュをポンとゴミ箱に放り捨て、鳥束がぬけぬけとそう言い放ちやがった。なんだその勝手知ったるナンタラみたいな態度。師匠呼びしていた殊勝な態度はどこに行ったんだ。ここは僕の部屋だぞ。
本来の(あるいは単なる口実の)訪問目的である宿題は一ページも片付いていなかったが、どうせ僕は誰かのを適当に念写すれば済むのだから、すぐさま帰ってくれても全然構わない。むしろ、さっさとカエレ……と、僕は寝返りを打って顔を背けた。それでも背中に擦り寄ってくるあたり、コイツもつくづく懲りないというか、諦めが悪いというか。いや、日頃からの冷遇っぷりに慣れたというか、度重なる脅迫に感覚が麻痺してしまって、ちょっとやそっとシメたところで、こたえなくなっているのかもしれない。たまにはムチばかりでなくアメも与えておいた方がいいのかね。でもアメなんかやったら付け上がりそうだし。ふむ。加減が難しいな。
「師匠ってさ。自分が超能力者だから、それを隠さなきゃいけないってんで、フツーに恋愛できないって思ってるんスよね。俺はもう、そのこと知ってる訳だし、そーいう問題なくないです?」
いや、知られている・知られていないだけが問題じゃない。超能力を持っていること自体が恋愛の障害になるんだ。例えば、テレパシーや透視能力はオフにできない。今、オマエ『こっちが下手にでてるからっていつまで勿体ぶってんだよ、たりーな』って思ったろ? いや、隠しても無駄だから。そういう能力だから。
「いや、まぁ、つい、勢いでそう思っちゃっただけで、本心では……って、これも本音、読まれちゃってるんスね。だったら、包み隠さずに言うけど、師匠、真面目過ぎますよ。恋とか愛とか、そーいう堅苦しいことは考えずに、まずは己に素直になって、イチャイチャして、お互い気持ちよくなったらいいんじゃないっスかね」
お互いというんなら、そっちも掘らせるのか。
「あ、いや、それは痛そうだから、パス」
そういう条件なら、ちっともお互いじゃないぞ。
まぁ、内臓が突き上げられる様が透けて見えるうえに、痛いとか苦しいとかいう相手の声が脳内に流れ込んでいる状況下で穴掘りに専念できるほど、僕はサディスティックでも自分勝手でもない。そんな断末魔を聞かされるぐらいなら、自分が我慢した方がマシだという程度の理由だ。ちなみに言っておくが、あくまで『我慢している』のであって、僕だって痛いものは痛いんだぞ。
鳥束が後ろから抱きつこうとしているのを読み取り、先回りしてその手の甲をつねる。ついでに、犬のように腰を振っていたので、肘鉄も食らわせておいた。
「いたっ……やだなぁ、師匠、つれないったら」
一度は手を引いたようだが、懲りずに僕の頭のスティックに触れようと手を伸ばしてきた。僕はそれを払おうとしたが、弾かれたヤツの手が逆にぶつかってきて……あっという間もなく、スティックが外れた。
ぽっかりと目が覚めた。
どのぐらい時間が経っているのか分からなかったが、壁時計を見て二時間程度しか過ぎていないのが信じられない。実際には十四時間か二十六時間眠っていたと言われた方が、納得してしまいそうな感覚だ。
隣に何かが転がっているのを見てギョッとしたが、そういえば鳥束と一緒に寝ていたんだっけと思い出し……そのついでに弾き飛ばされたもののことも思い出した。幸い、超能力をの制御装置である左側ではなかったようだ。もし外れていたのが左のスティックだったら、人類の存続に関わるところだった。枕元に落ちていたのを拾い上げて装着し、今後は絶対に触れようとするなと釘を刺しておこうと、鳥束の肩を掴んで揺さぶる。
なかなか起きないな、裸で寝てたら風邪引くぞ、いっそ蹴り上げてみようか……などと思った頃に頭部がゴロリと転がり……ごとりと鈍い音を立てて、ベッドから落ちた。
『師匠、酷いッス』
思わず固まっていたところにボソリと囁かれて、悲鳴が出そうになった。首のもげた鳥束の腰から、半透明の鳥束の上半身がにょっきりと生えていたのだ。
もしかして、オマエ、今、霊体? 尋ねると、鳥束は半べそをかきながらコックリと頷いた。
『俺が寺生まれだから、なんとかこうして体に留まってるけど、そろそろ引っ張り出されそうで限界近いッス』
ああ、そういえば僕が幽体離脱のために相手の霊体を引っ張り出した場合は、四十四秒以内に誰かの体に入れてやらないと、天に返ってしまうんだったな。多分、今の鳥束はそれと同じ状況になっているのだろう。それを二時間以上保っているとは。日頃は煩悩にまみれきっているとはいえ、さすが寺生まれ。そもそも、この状態はフツーに死んでると思うがな。
記憶にまったくないが、察するにスティックが外れて、意識が飛んで……つい、寝ぼけて(?)鳥束の首をねじ切ってしまったというところだろう。ちょっとやらかした感がするが、ここはギャグ漫画、怪我がすぐ治る世界だ。こう、首を嵌めてカチッとかしたら、治るんじゃないかな、多分。
『無茶言わないでくださいよぉ』
それにしても見事な切り口だな。マンモス肉の輪切りのようだ。リアルな描写をされたら、当分、肉料理が食べられなくなるところだった……などと、ノンキなことを考えながら、首を拾い上げる。生首って案外重たいんだな。確かに、同じ大きさのスイカと同じ重量と聞いたことがあるが、この男の頭は燃堂並みにもっとスカスカで軽いと思ってた。
嵌め込んでカチッ、を試そうとしたが、生身の人間の体にはそんなジョイントなどは無かったようで、切り口同士を重ねてもうまく引っかからない。当たり前か。ならば……時間を巻き戻すか。
『どういうことっすか、師匠?』
首をもいでしまう前の時間まで、この体の時間を巻き戻す。この間の出来事は通常、記憶に残らないというか、記憶する脳細胞ごと巻き戻るんだがな。
『よくわかんないけど、俺、死なないんスよね? もともとギャグ漫画だし、レギュラーキャラに昇格したし、大丈夫っスよね?』
さあな。
生首を両手で抱えて、あらためて顔を覗きこむ。断末魔に悶える酷い表情をしているんじゃないかと思ったが、想像していたよりもキレイな顔をしていた。いや、死んで筋肉が弛緩し、死の直前に作られた表情が消えてしまったために、一見、穏やかに見えるだけなんだろう。
ふうん、いつもはヘラヘラして腹が立つツラだが、こうして真顔になっていると、少しは見栄えがするんじゃないか。そう思うと、悪戯心が湧いた。どうせ、覚えていないんだし……頬を撫で、指先で唇をなぞってみる。うん、悪くない……ごく自然に、唇を寄せていた。うっすらと滲んでいる血の味が、舌に心地よかった。ちゅっと音を立てて口を離すと、背後で呆気にとられていたらしい霊体が『あーっ!』と今更のように喚き、それに呼応して生首の目がカッと開いたが、それ以上遊んでやるつもりはない。首を胴体の上に放り捨てると、片手をかざした。
大体、二時間半ぐらい巻き戻せば、充分か。
眼を覚ました鳥束の第一声は「あー…酷い目に遭った」であった。どうやら、肉体の時間は巻き戻ったものの、分離していた霊体の記憶までは干渉されなかったらしい。
「でも、師匠がちゅーしてくれたんで、許します。つーか、師匠って、要するに面食いだったんすね」
誰が面食いだ。オマエ、もういっぺん死ぬか? あるいは逆に、赤ちゃんになるまでオマエの時間を巻き戻してやっても構わないんだぞ。
「唇の感触とか、全然残ってないんスよね。せっかくのちゅーが。記憶っていっても、第三者視点で見ただけだし」
そりゃ、残ってないだろうな。細胞単位で巻き戻っているからな。それにしても、霊体の時間が巻き戻されないというのは、誤算だった。確かに意識というものは、予知をする未来や、過去の記憶などを(超能力者ならぬ凡人であっても)ある程度行き来するものだしな……と考えれば納得も行くが、透明人間化してもコイツにだけは見えていたことといい、中途半端に僕の能力が通じないのが腹立たしい。燃堂も鬱陶しいが、こいつはその次にウザい。
「分かってるんすよ。それが師匠の愛情表現だってことぐらい。ウザいとかいいながら、気になってるんでしょ?」
よし、本気で死にたいようだな。つーか、死ね。
うまく忘れてくれるように、幽体離脱しない程度にシメてから巻き戻してやる……掴みかかったところで「くーちゃん、宿題進んだ? カルピス飲む?」と、お盆を手にした母さんが部屋に入ってこようとした。宿題どころか、ベッドの上で全裸で取っ組み合い状態になっているのを見られたら、シャレにならない。
僕はとっさに鳥束を抱えたまま、テレポーテーションでブエノスアイレスまで飛んでいた。五分後、現地に鳥束を捨てて来なかったことについては、人道的処置であったと褒めてほしい。
(了)
【後書き】第17χ『弟子にしてくだψ!』に霊能力者として登場した鳥束零太。斉木君の超能力の存在を唯一知っているうえに、燃堂とはまた違う方向で超能力が(一部)通じない……という実にオイシいポジションのため、単発キャラにしては惜しいなーと思っていたら、その後にまんまとレギュラー化。やっほう。
サイコメトリー絡みで、何かとお肌が触れ合うというのもポイント高いです。もう、当たり前のよーに雪崩れ込んでくれちゃってるに違いないです。しかもコイツ、公式でもエロいという設定なものだから、腐的にいうと非常に……捻り甲斐がねぇwww
紫ウィッグをコイツのために染めました。誰か斉木君コス姿で踏んでくd…(ry
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