ほ た る な す


ぶち。


まさにそういう音だった。 

「なんだぁぁぁぁぁぁ!!」 

「何が起きたんだ!?」 

「ぎゃああああっ、番組録画が!!」 

突然闇に包まれた真撰組屯所のあちこちで叫びが上がる。 

「うろたえんじゃねぇ! ブレーカが落ちたんだろ…とっとと上げてこい!!」 

局長室から廊下に顔を出して土方が叫んだことで、慌てて何人かの隊士が配電盤のところに走っていく。 

「…全部、落ちたな」 

呆然と呟く近藤の前には沈黙したパソコン。

「保存は?」 

「…してねぇ。一時間の努力がぱぁだ」 

「一時間ですんで良かったと思うしかねぇな」

手にした団扇で扇ぎながら土方は苦笑する。 

「それにしてもどんだけ電力使ったんだかな」 

廊下の向こうからぱたぱたという足音とともに、懐中電灯の明かりが近づいてくる 

「…局長、ブレーカーが反応しません」 

「「は?」」 

 隊士の報告に近藤と土方二人の声がハモる。

「…あの、上げても戻らないんです。原因を聞こうにも電話が不通になって…」 

「最近の電話は停電だとダメになるんでぃ。とっとと非常電源に切り替えてきなせぇ」 

ちょうどそこに現れたのは、わざわざあごの下から懐中電灯の光を当てた沖田。 

「ぎゃああああああああ!! 判りましたーーーーっっ」 

悲鳴とともにばたばたともと来た方に走り去っていく。 

「総悟…幽霊ネタにはまだ早いぞ」 

その近藤の声も僅かに震えている。 

「懐中電灯があったらこれをするのは世の常ってもんですぜ、近藤さん。それにしても…電話が通じねぇのはいてぇな」 

「街中に見回りに出たほうがいいかもな…って、総悟…人の携帯で何してやがる」 

立ち上がろうとした土方の横に腰を落とした沖田は、その土方の携帯を手にとってなにやら操作している。 

「携帯は生きてるみたいですぜ…ちょうどいいから山崎に調べさせまさぁ」


さて、その山崎。
携帯の画面に表示された<土方>という名前に嬉々として出たその直後… 

「山崎。おめぇ今どこにいやがんでぇ?」 

聞こえてきたその声に思わず電話を叩き切りそうになるが、それを堪えて平静を装う。 

「あと5.6分で屯所ってとこですが…何で副長の電話で沖田隊長がかけてくるんですか」 

『色々と事情があるんでぇ。で、ちっと仕事してきてくんねぇか? 』 

「は?」 

ただですら晩飯に間に合わず、残り物に期待して帰ろうって時に何言いやがるんだ、という感情がモロに出た声で聞き返してしまった直後、電話の向こうの声が変わった。 

『おう、山崎。悪いがちょっと電力会社に問い合わせしてくれ』

今度こそ土方の声である。 

「…何があったんですか」 

『屯所全体が停電した。今電話回線だけは非常電源に切り替えさせてんだが…他のものがまだ追っついてねぇ』 

「停電、って電子レンジと掃除機とか何かしたんですか?」 

『んなもんで飛ぶほど電圧低くねぇだろ、うちは。原因全く不明だ』 

「雷も鳴ってませんしね…判りました」 

電話を切って足を止めて周りを見回す。 

「…停電って全然この辺は明るいのに」

街角の街灯も、店の明りも煌々と輝いている。
沖田ならともかく、土方まで一緒になってそんな馬鹿に電話をしてくるなどまずありえない。 

「とりあえず…電力会社…と」
 



十分近く経過…。 

「こんな時になんだか。トシ…冷凍庫の俺のバーゲンダッシュ」 

「…食ったほうが良いだろうな。総悟、他の連中にも伝えてきてやれ。あと今日の炊事当番にも台所集合しろと」 

「冷凍庫の中身、かなーり覚悟しねぇと、ですね」

よっ、と懐中電灯を手に沖田が立ち上がろうとした時。

「山崎ただいま戻りましたぁ!!」 

門の方から山崎の声がした。

「山崎!! 近藤さんのとこにそのまま来なせぇ!!」 

その声の方角に向かって沖田は叫ぶ。

「はーい」

ザスザスと中庭の砂を踏みしめる音が近づいてくる。

「おぅ、すまねぇな。で、原因は何だったんだ?」

そういった近藤だけでなく、沖田、土方…三人そろってあごの下から懐中電灯を当てているという異様な光景にギョっとするも山崎は口を開く。
 
「この屯所一帯と、川向こうの天人が住んでる一帯が停電だそうです。原因は確実に向こうさんでこっちはそう時間たたないうちに復旧できる、って話でした」

「…そうか…まぁそれはともかくとして…ぼちぼち停電して20分近いな」

「あ、メシ当番集合させてきまさぁ」  

普段なら動かない沖田だが明日の食い物が関わってくるだけに、珍しく自主的に立ち上がった。 

「あー、総悟、ついでに俺のバーゲンダッシュ…」

「へーい」 

「あ、俺の冷凍みかんも頼む」

「土方さんからは手間賃いただきますぜ」

ひらひらと手を振りながら沖田は部屋を出て行った。

「…冷凍みかん…って一昨日俺が買ってきたやつじゃないですかっっ!!」 

あまりにも何気なく言われた単語だけに聞き逃すところだったが、今朝の時点で冷凍庫に網に入れて名前を書いて置いてあったみかんは…自分が買ってきたものだけだった。 

「うまそうだったから一つ味見しておいた」

「何だ、俺にはくれないのか、山崎君」

「上司が揃って部下の貴重なビタミン源を搾取しようとしてるよっ!!」 

土方に取られることに関しては惚れた弱味で我慢できる。近藤もまだ我慢できる
でも沖田には絶対取られたくない。 

「…また駅まで買いに行かないと… まぁいいですけどね」

ため息をつき、山崎は手にしていた籠を土方に差し出した。

「なんか狙ったようにいいもの持って来ちゃった気がするんですけど…お土産です」 

その籠の中では、何かがぽわり、ぽわり、と光を放っている。

「ホタル…か?」 

「はい。帰ってくる途中で蛍売りを見つけまして…短い夜ですが楽しむのにはいいかなと」 

「短い夜…って夏至か、今日は。冬至みたいに何か売り出しとかがねぇからわかんねぇな」

そういえば日めくりの隅にそんな単語が書いてあった。

「…局長の基準はそこですか」 

「同じ日常が続くのが一番いいことなんだぜ? たまーにイベントがあるから楽しんだぞ」 

なぁ、と同意を求められた土方がぼそりと呟く。

「そういやどっかの星では環境どうの、とかいって夏至の日に蝋燭で過ごすなんてやってるらしいんだけどよ、もしかしてこの停電もそいつらの関係かもしんねぇな」

「…」

「トシ、仕事を増やさんでくれ…頼むから」

俺は電源が回復したら書類の作り直しなんだ…とぶつぶつと近藤は呟く。

「それにしても…普段あるものがなくなるとこんなに静かになるものなんだな」

籠の蛍を見つめながら土方が漏らした言葉に、二人は耳を澄ます。
大部屋や台所やあちこちからの声は聞こえてくるものの、今まで日常の一部として受け止めていた音がない。

「…なんか天人が来る前に戻ったみてぇな感じだな」

「ですね…短いはずの夜はえらく騒がしくなっちまったようですけど」 

「折角だからその蛍、蚊帳ン中でも放してやって他の連中にも見せてやるか…」


その後、電気が回復したものの、蚊帳の中に蛍が放たれた副長室では明りをともすことなく、夜明けを迎えることになるのは言うまでもない。


END

【後書き】突然ナニカが降りて来た・・と、北宮紫さんが書き上げてくださったSS、パート2です。
夏至の夜に、電気を消して蝋燭で過ごそう・・というキャンペーンにちなんで、停電のトラブルで蛍で粋なキャンドルナイトを過ごすことになった真選組の面々・・というオハナシ。ちなみに、この副長室の蛍は翌朝回収されて、総悟から神楽ちゃんにプレゼントされたんだとか(笑)
初出:07年06月22日
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